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異世界に転生したら全裸にされた  作者: 狐谷まどか
間章 サルワタ動乱編
254/575

章末SS 猟師たちの夕餉

誤って書きかけの原稿を投稿してしまったため、取り急ぎ差し替えを行いました。


 サルワタの森には開拓の歴史に名を残したふたりの狩人がいた。

 ふたりはわたしの師匠で、ともに優れた猟師だった。


「マイサンドラさんはすごい猟師ですねえ。ッワクワクゴロはガーゴイルを独りで仕留めるなんて、絶対に自分には無理だと言っていましたけれど、それを三日で倒しちゃったんですよね」

「わたしが優れていたかどうかはともかく、わたしの師匠が優秀だったのよ。この村の狩りの仕方を仕込んでくれて、それを忠実に守っただけ。わたしは鼻たれニシカやあなたみたいに風の魔法が使えるわけじゃないから……」

「師匠、ですか? ッワクワクゴロやお姉ちゃんの師匠のマイサンドラさんにも、師匠がいたんですね!」

「何を当たり前の事を言っているの。いるに決まってるじゃない」


 ふたりの師匠。

 そのひとりはゴブリンの猟師ッサキチョで、かつては村の猟師親方をしていた人物だった。

 この土地に入封した騎士爵エタルのかけた移民募集に名乗りを上げて、弓矢ひとつを頼みにやって来たそうだ。

 その頃の彼はまだ成人したばかりの十歳を過ぎてすぐの少年だった。

 もともと、どの土地でも猟師は地元を動く事を酷く嫌がるものだ。

 けれども極限まで開墾が進み、リンクスの額ほどのわずかな狩場を取り合って生計を立てていた当時の本土在住の狩人たちは、こぞって辺境に新たな狩場を求めて移民したらしい。

 本土と辺境の境に生まれた少年ッサキチョもまたそんな猟師のひとりだった。

 騎士爵エタルに従ってこのサルワタの森へとやって来たわけだ。

 わたしが聞いた限り、このサルワタの森を開拓する歴史は地獄そのものだったと聞いている。

 湖畔には古くからマダラパイクが住む洞窟がいくつもあり、森の深い場所には巨大な猿人間の部族たちが暮らしていた。

 そんな巨大な猿人間を獲物にするリンクスや、開けた湿地帯に出てくればホラアナライオンたちの群れ(プライド)が生息し、それら捕食者をも獲物とするという、サルワタの生態系で頂点に君臨するものがいた。

 それがワイバーンだった。


「近頃じゃあまり見かける事も無くなったけれど、森のずっと深いところではマンモスの群れがいくつも生活していたそうさ。それを狙ってワイバーンが北の営巣地から一年中襲ってきていたそうだよ」


 子供の頃、ッサキチョの旦那に聞かされたそんな開拓と猟師の歴史について、わたしはッワクワクの新妻シオに語りかける。夕餉の支度をしながらの事だ。


「へえ。マンモスの群れなんて、わたしは見た事がありません」

「そうだろうねえ、この辺りは開墾が進んで連中も顔を見せなくなったし、あれは大物だから猟師がひとりでどうにか出来る獲物じゃないんだよ」

「そうなんですか。そうなのッワクワクゴロ?」


 土間で料理の準備をしていたシオは、興味津々という風に自宅のソファに寝そべっていたゴブリンに振り返って話しかけた。


「そうだな。苦労して仕留めても血の匂いを嗅ぎつけたリンクスやワイバーンが集まって来るので、俺たち猟師はあまり相手にしない。しかも連中は群れで行動しているから、そのうちの一頭を罠に仕掛けると、猟師に反撃を仕掛けて来るんだぜ」


 詳しい事はマイサンドラに聞いてくれ。と投げやりな返事をしたッワクワクは、もぞもぞと体の位置を調整して仮眠の態勢に入った。

 しばらく見ないうちに偉く態度が横柄になったものだ。

 弱虫ッワクワクと馬鹿にしていたものだが、今ではサルワタ猟師の親方だと言うからお笑いだ。

 しかもその妻は鼻たれニシカの妹ときたものだ。


「すいませんマイサンドラさん、夫は疲れているんです」

「そうは見えないけどね。どうせわたしと話すとボロが出るから、狸寝入りをしているんだよ」

「そうですね、うふふ」


 笑ったシオは鼻垂れの妹とは思えないほど几帳面な性格で、料理もせっせとこなしていく。

 今日は隣家から届けられた猪の肉だというので、豪勢なものだ。

 わたしが弓矢一本で弟を食べさせていた頃には考えられないほど贅沢に、ふんだんに肉を使って鍋を温めているのが釈然としなかった。


「先代のッサキチョはそのマンモスやホラアナライオンみたいな、群れで生活をする獲物を仲間たちと捕まえるのがとても上手い男だったよ。特に夏にこの辺りを訪れるワイバーンは厄介でね、人数を頼りに何頭もの飛龍を罠に嵌めて仕留めた彼は、一躍村の若き英雄になったというわけさ」

「そうなんですか。ッサキチョさんって、この春のワイバーンの来襲で犠牲になった親方ですよね」

「ああそうさ。あれが向こうが攻め手に回る側じゃなく、追われる立場だったら間違いなくッサキチョの方が勝っていただろう」


 話を戻す。

 移民としてこの土地にやって来たッサキチョは、土地勘を頼りに獲物を罠に嵌めるという猟師の基本的狩猟のスタイルが通用しないために、代わりに人数を集めて大物を捕まえるのを得意にしていた。

 それもそうだ。

 当時このサルワタの森には、先住する土着の猟師たちが何人もいたらしいので、移民してきた当初は獲物が競合しない様に工夫をしていたらしい。


「けど、この地元の猟師たちはもともと単独で狩りをするのが普通だったんだ」


 それがふたり目の名を残した猟師、ユルドラだ。

 わたしの伯父にあたる人物で、毎年冬になるとワイバーンを単独で仕留めると言う、移民でやって来た猟師たちにはおおよそ不可能な狩猟方法をもっとも得意にしていた。


「わかります、お姉ちゃんがいつもやっているスタイルですね」

「あれを鼻たれに教えたのはわたしだ。そのわたしもカサンドラの父親ユルドラという男に習ったのさ」

「カサンドラさまのお父さまは凄い方だったのですねえ。この冬のお葬式にわたしもお姉ちゃんと参加しました」


 カサンドラにさま付けをするシオを見ると、掌の上で玉ねぎを器用に剥きながら鍋に落としていた。

 わたしは先に切り刻んで鍋に放り込んでいたニンジンを混ぜるために、横合いからおたまで中身をかき混ぜる。


「あ、千切ったケールは最後に入れてください。玉ねぎは芯が残るのでお肉と一緒に長めに茹でるんです」

「手際がいいものだね。鼻たれが狩猟で留守にするから身に付いたのかしらね?」

「そうじゃないんですよ、ああ見えてお姉ちゃんは料理が上手で。猟に出ても兎一羽捕まえられないわたしに、せめて結婚するなら料理ぐらいは完璧に出来る様にって、いつも教えてくれてたんです」

「へえ、あの鼻たれが女らしいところもあるのね」

「すいません、話の続きを」


 ああそうだね、ユルドラ伯父さんの話だ。

 わたしたちはもともと、この土地の開拓がはじまるずっと以前からサルワタの森で猟師をしていた一家だった。

 村と呼べる様な人間の大集落は無くて、湖畔より少し離れたこの辺りに黄色いエルフやわたしたちヒトの家族が猟師小屋を寄せ合って生活していた。


 今でこそわたしたち猟師は村の人間から一緒くたの扱いを受けているけれど、開拓が安定期に入って村人の一員に組み込まれる以前は、移民猟師と地元猟師とはまるで別々の行動をしていたとユルドラに聞いた事があった。

 サルワタの伝統的な猟師の狩猟スタイルは、基本が単独行動だ。

 はじめのうちは親や兄姉の狩りに付いていってイロハを学び、それなりの大きさの獲物を先輩の補助で倒せるようになると兎一匹から独り立ちをして獲物を狩る。

 わたしはこの猟法をユルドラに付いて学んだ。

 単独で狩りをするメリットはやはり獲物を独占できる事だ。

 まだ開拓が進んでいない頃の村は人口も少なく、猟果が大きければそれだけでひと夏ひと冬を悠々と過ごす事が出来たというのもある。

 ワイバーンはその最たるもので、村長に売れば高値で取引されると言うので生活を優遇してくれたし、味は今ひとつ美味しいものではなかったけれど、土着の人間たちには馴染ある食事だった。

 ワイバーンの干し肉、ワイバーンの骨を焦がして煮込んだ鍋、そして革は丈夫な猟師の装備にもなった。


「わたしたちこの土地に古くからいる人間は、冬に狩猟に励むんだよ。夏は畑で食べ物も獲れるしその時期は獲物になる連中も繁殖と子育てシーズンだから守りも硬い。冬になると食べ物が少なくなると単独で行動をするようになるだろ? そこが狙い目だ」

「だからお姉ちゃんはいつも冬になると森の深くに入っていたんですね」

「夏は鹿や兎、リンクスばかりを追いかけていただろう。そういう獲物は腹の足しにしかならないからね、蓄えを創るのは冬と言うわけさ」


 移民でやって来た猟師たちはワイバーンを単独で仕留める事は出来なかった。

 まして獲物が不足する冬の飛龍は森の広域で活動をするために、集団で狩りをしようとしてもすぐに感づかれて逃げられてしまう。

 だから大きな獲物を餌にしてワイバーンをおびき寄せ、これを仕留めるのが集団狩猟のコツなのだけれど、近頃はそのワイバーンも知恵を付けてきたのか、集団で狩猟に出ると近づかない様になった。


「だから単独でワイバーンを狙う伝統的な狩猟が、冬の狩りの本番よ。冬は足場が悪くなるので集団猟法は効率が悪いし、熊や兎など大半は冬眠してしまうからね」

「冬はお姉ちゃんも内職しながら過ごしていました。ワイバーンを捕まえに行かない時」

「それもあるけれど、最近ははぐれ飛龍か、大物過ぎて手を付けられない大きすぎる個体ばかりがこの森の周辺に出没するようになったみたいだけれど。しばらく留守にしている間に森の有様もずいぶんと変わった様だわ」

「ああそれはですね、」


 もうひとつ。

 シオが語ったところによると、ワイバーンがこの開拓村を避ける様になった意外な理由を口にした。


「今村にミノタウロスのひとたちが来ているじゃないですか」

「野牛の一族?」

「そうです、あの野牛の一族のみなさん。ワイバーンはそのミノタウロスの故郷を襲って被害が酷いので、サルワタの森まで移民してきたらしいですよ」


 いかにも戦争をすれば強そうなミノタウロスの一族が、わたしがクワズの村へ嫁いでいる間に堂々と村の中を闊歩するようになっていた。

 いったいどんな悪知恵か魔法を使ってなのか、アレクサンドロシアが臣従させたというのだ。

 だけれどもその理由は、ワイバーンが原因だったというのだ。


「何度も撃退するために戦ったそうなのですが、ミノタウロスのみなさんの故郷はワイバーンの営巣地のすぐ側ですからね」

「きっと俺たちと獲物が競合するようになったワイバーンは、目と鼻の先にいる連中を襲う様になったんじゃないのか。あいつらは美味い牛を育てているから、きっとその家畜どもを狙ってるんだぜ。そのミノどもが北の山々からいなくなったから、またサルワタの方に顔を出すようになったんだな、ワイバーンは」


 いつの間にかガバリとソファから起き上がったッワクワクが、土間にいるわたしたちの方に顔を覗き込ませながらニヤニヤとしていた。

 そろそろ鍋がいい具合に煮立って来たタイミングだ。

 だが腹を空かせて起きたというわけではなくて、ッワクワクは直ぐにも小屋の外に視線を送るのだった。

 わたしもすぐに同じ様に視線を外に向けると、シオは不思議そうな顔をして見せた。


「食事時に訪ねて来る無礼な人間もいたものね」

「ありゃうちの弟じゃないな。歩き方がまるで素人だが、戦士の様な足運びだ」

「?」

「誰かしら。知らない気配ね」

「ありゃたぶんスルーヌから来た女だな?」


 ッワクワクはソファを離れると居住まいを正しながらリンクスの毛皮で出来たチョッキを羽織る。

 小屋の扉がドンドンと叩かれて、ぱたぱたと小走りに駆け出したシオがその扉を開いた。


「あらクレメンスさん」


 見えたのは果たしてッワクワクの予言した通り、相手はスルーヌ村の女幹部だったクレメンスの顔だった。

 部屋の中をぐるりと見回した後にわたしと視線を合わせて、とても微妙な顔をしていた。


「おばんだす。夜分に失礼だども、アレクサンドロシアさまの旦那さまが村にお帰りになられたで、直ぐにもゴブリン猟師さんに顔を出せと言っているだす。シオさんのお姉さんというのも帰って来ただす。これからアレクサンドロシアさまと旦那さまとで軍議だす」

「え、お姉ちゃんが?!」

「んだす。顔色が悪そうだったけれど、あれは酒の飲み過ぎで肝を患っているんじゃないだろかいな」

「か、顔が黄色いのはそういう部族なんですよ! 気にしないでください、気にしているので!」


 シオが長耳をぴくつかせながら返事をすると、訛りの酷い女は「そりゃわるかったべ」とあわてて謝罪した。

 謝罪ついでに土間の方を見やって、


「ありゃ、お食事の前ですたか?」

「見ればわかるでしょう。急ぐのかしら?」

「そうだす。んでもおっかねえ女猟師のひとは呼ばれてないで、来なくていいだす」


 好き放題を言ってくれた後に、クレメンスという女幹部は早々に小屋を後にしていった。


「さて、クレメンスはああ言っていたがシューターのお帰りだ。食事の前で悪いが、釜の火は落としてシオは一緒に来てもらうけれど、マイサンドラはどうする。ん?」

「わたしはお呼びじゃないらしいけど、弟からカサンドラを奪った男の顔をもういち度見ておきたいね」

「そうかい、じゃあ付いてきな」


 わたしはそう返事をすると、釜の火を落とすために鍋を取り上げて、薪の上に蓋をかぶせた。

 これでしばらくすると空気が回らなくなって火が消える事だろう。

 支度を終えたわたしたちは、村長の仮住まいとなっているカサンドラの新居に向かっていた。

 今カサンドラの立場は外交使節の大使さまなどという立派な肩書で、辺境諸領地を歴訪している立場だ。

 むかしはユルドラから気の弱い娘で、とても猟師にする事は出来ないのではないかと相談された事もあった。

 それが今では村長宅に次ぐ立派な屋敷をもった身分だ。

 もちろんその屋敷はカサンドラだけのものではない。

 弟を差し置いて結婚したシューターというよそ者の功績を称えて与えられた家だと言うけれど、今その家で寝起きしているのは野牛の女タンヌダルクという人間だった。

 村は何もかも変わっている。

 わたしがサルワタを離れ、ブルカ辺境伯の工作員として働いている間に、目まぐるしく変化していた。

 いつか騎士にしてやり、カサンドラを娶らせて楽にしてやろうと思っていた弟オッサンドラももういない。

 殺したのはツジンの一党か似非修道女マテルドの仕業かは知れないが、何もかもが変化したと同時に、わたしは何もかもを失ってしまった。


「話の腰が折れてしまいましたけれど。先輩猟師に質問です!」

「何よ改まって」

「マイサンドラさんはッサキチョさんとユルドラさん、ふたりの師匠のどちらのスタイルの猟師がいいと思ってるんですか?」

「…………難しい事を聞くわね」

「やっぱり単独狩猟をお得意にしているから、ユルドラさんのやり方かなあ」


 正しいのはッサキチョの様な集団猟法の猟師なのか、それともユルドラの様な単独狩猟の猟師なのか。

 けれど正解はたぶんないだろう。


「そうね。正解はあなたの姉に聞いてみるといいわ。わたしはふたりの師匠から両方の狩猟スタイルを習ったけれど、こういう性格だから他人と協調するのは嫌いなの。だから独りで猟をする方が性分にあっているけれど」


 たぶんニシカは違うだろう。

 近頃は鱗裂きのニシカなんて言われて悦に入っている様だけれど、わたしが知っているのは鼻たれニシカだった頃までだ。

 猟師になって冬を越した数だけワイバーンを仕留めたと豪語しているあれだって、最初の三年はわたしの補助で手伝いをしていたに過ぎない。

 だからこの夏久しぶりに顔を合わせた時は見下していたけれど、


「この春のワイバーンはひときわ大物だったというじゃない。火災でまる焦げになる前にギムルの執務室で見たワイバーンの顔のはく製、あれは全裸男とニシカが仕留めたんでしょう? 他にもバジリスクも仕留めたというから驚きね」

「そうなんです、たぶんきっとお姉ちゃんもマイサンドラさんみたいな凄腕の猟師に、もうすぐなると思うんです。実家の集落じゃ赤鼻って言われてるけど……」


 たぶんきっと、ニシカはもうわたしより猟師としての腕は成長していると思う。

 単独で狩りをするのではなくて相棒と狩りをする事を選んだのだから、それが鼻たれの導き出した最適解なのだろう。


「おいお前たち、世間話は会合が終わってからにしてくれ。村長さ……アレクサンドロシアさまに叱責されるのは俺なんだからな」

「親方株を貰った途端にずいぶん偉そうになったじゃないかッワクワク。ニシカは腕を上げた様だけど、あんたはどなのよ。リンクス、今日もまた坊主だったんでしょう?」

「そういう事は嫁の前では言わないでもらいたいですぜ、師匠……」


 とても嫌そうな顔をしたッワクワクを見て、わたしとシオは笑った。

 ブルカとの戦争が終わってあの女騎士がお許しを下さるなら、シオを猟師として鍛えてみるのもいいかもしれない。

 リンクスなんて景気の悪い獲物を捕まえていては、猟師としては半人前だ。


「いいかしらシオ、サルワタの猟師はワイバーンを仕留められるようになってはいじめて一人前だ。リンクスを捕まえて毛皮を身に着けている親方では駄目よ」

「はいマイサンドラさん」

「あなたの姉みたいになりたかったら、ワイバーンを狙いなさい」


 涙目を浮かべた夫を放り出して「じゃあ弟子にしてください」などと健気な事を言っているッワクワクの新妻を見ながら、仮の村長宅の扉を叩く。

 ブルカ討伐のための軍議の時間だ。

次回より新章を開始します。

今後とも異世界村八分をよろしくお願いします!

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