146 そしてその毒は踊りだす 後編
更新遅刻してしまいました、申し訳ございませんorz
魔法の砂時計がぐるりと回転し、日付の変更を知らせた頃。
俺たちは暗闇に塗られた夜の帳に紛れる様にして、宿屋へと戻った。
気を失ったままのけもみみを担架に乗せて馬車へ運び、そこから暗殺を警戒して俺とニシカさん、雁木マリにハーナディンが徒歩で周囲を固め、カラメルネーゼさんはいざという時のために来た時と同じ様に騎馬で追従した。
不幸中の幸いにして二度目に俺たちサルワタの外交使節団を狙った暗殺や襲撃は無かったけれども、宿にもどってからも野牛の兵士たちが宿屋の了承を得て周辺に歩哨を立てる事にする。
俺の予想では、襲撃を駆けてきた相手はたぶん触滅隊だろう。
あるいはこのリンドル市中にあるというブルカ公商会の商館の関係者だ。
場合によってはブルカ商館と触滅隊が、ち密に連携を取っているという可能性も無くはない。
現状では後手、後手に回っている俺たちだが、何か対策をしないとこのままブルカ辺境伯の陰にずっと踊らされ続ける事になってしまう。
どちらかというと楽天的な性格だと俺は自認していたけれど、なるようになると放置しているというわけにもいかないぜ。
ここは知恵の絞りどころである。
◆
「愛する奥さんへ。リンドル領との交渉は現在とても難航しています。家中では前子爵の第一夫人、第二夫人の対立が著しく、しかも現子爵シェーンに接近するブルカ伯の影が見て取れます。カサンドラが歓迎の夜会で暗殺されかかり、エルパコがこれを庇って負傷しました。犯人は謎です」
宿屋の寝所に入った俺は、男装の麗人を呼ぶと手紙を代筆してもらった。
宛先は今頃サルワタの森の開拓村に戻っているであろう、女村長である。さすが元は王都出身のお貴族さまらしく、教養あるベローチュは達筆だね!
確認のためという事で一言一句間違いなく俺の言葉を聞き写したものを読み上げてくれたのだが、ちょっと恥ずかしい気分になった。
「これで大丈夫ですか?」
ベローチュが読み上げるにあたって「愛する奥さんへ」という下りに、やや嫉妬が見え隠れしている様な気がするが気にしない。
「あ、待ってくれ」
「はい?」
俺は今後の方針についても触れておこうと思い直し、言葉を続けた。
何も無しに、このままリンドルとの同盟締結を諦めて、次の街オッペンハーゲンにすごすごと移動する事は出来無い。
そんな事になればきっとアレクサンドロシアちゃんは烈火の如くお怒りになるだろうし、俺も嫌だ。
モノの本によれば、外交とは国家や君主にとっての面子の戦いなのだと記されていた。ここで日和ってしまえば、それはサルワタがブルカに外交的敗北をしたと認めてしまう事になる。
駆け引きの中でせめてイーブンに持っていかなければならない。
「両派の争いにけじめを付けるため、仲介役としてお家騒動に介入します。追伸、タンヌダルクはお元気ですか?」
「わかりました、追伸ですね。署名はどうなさいますか」
「ば、馬鹿にするなよ。俺も自分の名前ぐらいは書けるんだからなっ」
そう言うと男装の麗人から羽ペンをひったくって、さらさらと字を書き込んだ。
「これを持ってエルパコの部屋で付き添いをしているカサンドラにも、署名を貰ってきてくれ」
「わかりました。内容はご確認頂きますか? その、他の奥さまの事も触れておりますけれども」
どうやらアレクサンドロシアちゃんとタンヌダルクちゃんに触れている手紙を、カサンドラに見せても大丈夫なのかと気を使ってくれているらしい。
うちのハーレム大家族は、お互いに姉妹みたいなものだから、隠し立てする方が怪しまれる。
「構わないぜ。カサンドラは近ごろ字も勉強していたから、たぶん少しは読めるだろう。わからないところは補足してやってくれ」
「わかりました。ではその様に……」
「手紙はハーナディンを見つけて、街の聖堂か教会堂から必ず送り出してくれ。一番いい鳩を頼む様にな」
「お任せください。それが終われば、さっそくシェーン子爵の洗い出しに入ります」
一礼した男装の麗人は、豊かな胸に手を付いて貴人への礼を抱き寄せる様にしてみせた。
ジロジロと見ていると眼に毒なので、俺は視線を向けることなく軽く手を振って送り出す。
いや、眼に毒というだけではなく、これからの事でどこかに後ろめたさがあったからだろうね。
シェーン少年を徹底的に調べ上げた後、どうするべきなのか。
まだそれについての回答は俺の中にも仲間たちの中にもないのだ。その点について相談しなければならないが、それは情報が集まってから判断するべきだろう。
俺は寝台に座ったまま天井を見上げながらぼんやりと考えを巡らせた。
シェーン子爵に対してどういう決着の持って行き方をするにしても、ブルカ辺境伯の暗躍を見過ごしていいはずがない。
サルワタの開拓村でもやりたい放題をしていたあいつらの事だ、このまま放っておけばリンドルも何か大きな事件が市中で起きる事は間違いないからな。
ダアヌ派とマリアツンデレジア派の対立を裏で操っていたうちはまだ可愛げのあるものだったけれど、シェーン少年に接近してさらに家中をひっちゃかめっちゃかにしようと企んでいるのなら、もう後はブルカに併呑される未来しか見えない。
そして触滅隊だ。
俺たちがセレスタを発ってリンドル往還で接触したのは奴らの一部でしかないわけで、当然残りの連中は未だにどこかに潜んでいるわけだ。
軍隊崩れの連中だという証言もある。
そしてたぶん事実なんだろう。
何となくの予感でしかないが、連中はこのリンドルの市中に紛れ込んでいるんじゃないかと俺は思うわけである。先にも触れた様にブルカ公商会の商館がある事を考えれば、密かに出入りしている可能性は高いはずだな。
そんな事を考えながら天井を見上げ、くゆる除虫菊の燻った煙の流れを眼で追いかけていた。
すると、コンコンと開きっぱなしにしていた扉を叩く音がする。
そこには鱗裂きのニシカさんが白い歯を見せて立っていた。
「よう大将、シェーンお坊ちゃんを暗殺する算段でもしていたのかい」
「そういう物騒な事を、冗談でも言うもんじゃありませんよ」
腕組みしてみせたニシカさんが許可も取らずに入ってくると、ドッカリと寝台の横に腰かけてきた。
「景気の悪い顔をしているじゃねえか。今後の作戦でも思案していたのか」
「そうですね、エルパコが元気になったらみんなを集めて会議をしようと思ってたんですが、今は独りでプランを考えているところですよ。とりあえずダアヌ派とマリアツンデレジア派を一本に纏める方法をどうにか出来ないかと。色々考えてるんですけどね、うーん」
「んなもんは簡単じゃねえか。早撃ちボーイを排除してしまったらいいじゃねえのか?」
何とも乱暴な物言いで、俺にそんな事を提案してくるニシカさんである。
「それも作戦のひとつでしょうがねえ、やり方が乱暴だ」
「ゴルゴライなんて、その乱暴な方法で村長さまの領土にしちまったじゃねえか。お前ぇがツンデレのマリアと結婚すれば、そうしたらリンドルはお前のもんになるだろう」
「いやいやいや、これ以上奥さんを増やしてどうするんですか」
「それが嫌ならこういうのはどうだ。ツンデレのマリアをオゲインと結婚させる。完璧だぜ!」
ニシカさんなりに必死に提案をしてくれているのだろうが、そんなに上手くいかないのが政治である。
「まあ両派閥が協力できる象徴を作るというのはいい作戦ですが、俺たちがあまりやりたい放題をやると、次に交渉に行く先々で、評判が悪い事になっちゃうでしょう。いやしかし、ふたりを結婚させるという作戦は悪くないな……」
「んだろう? さすがオレ様だぜ!」
シェーン子爵は少なくともゴルゴライ併呑の件を持ち出して、俺たちに警戒感を示したからね。
もしも俺がクソガキの立場だったら、確かに野蛮な隣人が難癖を付けてリンドルを奪い取るつもりなんじゃないかと決め付けるかもしれない。
すると、あのクソガキを殺すという方法だけは出来るだけ避けたい。
「あのクソガキを生かさず殺さず、解決する方法は幽閉でもしてしまうのが一番の方法でしょうね。その上で御台さまとダアヌ派が手を取り合えば、まあ解決するんじゃないかな?」
「どうしてそんな回りくどい事をするんだよ!」
「俺たちサルワタの味方づくりをしようってのに、警戒されて敵を作ってどうするんですか。だから穏便に両派閥がひとつになる方法を取るしかない」
「んじゃどうするんだよぅ」
両ひざの内側に手を付いて、ぶう垂れてみせたニシカさんかわいい。
「まあ、何でもかんでも否定するのはよくない。今ニシカさんが助言してくださった事の中から、使えるものを集めて、使える作戦を立てるしかないですよ。まあ方法はあるんだ」
今後の作戦を思案しながらそうやって俺が諭してみると、ニシカさんは口を膨らませながらも恨めしそうに俺の方に視線を向けてきた。
「なあシューターよ。オレ様に名誉挽回のもういち度チャンスをくれねえか」
「?」
「ほらよ。オレはツンデレのマリア相手に余計な事を言っちまったじゃねえか。それでマリアが憤慨して会見が中断しちまった。もしかしたらオレがつまんねえ事を口にしてしゃしゃり出たから、状況がややっこしくなっちまったんじゃねえか?」
上目遣いのニシカさんは、まだあの時の事を反省というか後悔しているらしい。
「いやあ。たぶんあの件が無かったとしても、結局カサンドラは何者かに暗殺を仕掛けられていたと思いますよ」
「そ、そうか」
逆にあの時にブルカ辺境伯がリンドルへ魔手を伸ばしているのだとニシカさんが言ってくれたおかげで、その後にマリアツンデレジアと話が出来たのかもしれないからな。
「気に病んでいるのなら、ひとつお仕事をお願いしますかね」
「ンだよ、オレ様の体は安くないぜ?」
「ち、違うし! 内密のお話ですから、耳を」
「おっ応ッ……」
「いいですかニシカさん、まず――」
俺はニシカさんの肩に手を回すと、引き寄せて耳打ちをした。
もちろん周囲に誰も耳を傾けていない事を確認して、間違いの無い様に。
「わかったぜ相棒、オレ様はそれをやればいいんだ?」
「よろしくお願いします。これはあなたにしか頼めない事だからな、ニシカさん」
「おう、任せておけよ!」
ニヤリとしてみせた俺に、ニシカさんも嬉しそうに白い歯を見せてくれた。
「嫌な役を押し付けて申し訳ないが、何とか上手い事やってください。成功した暁にはご褒美を何でも言ってください」
「じゃあ酒だな」
ニシカさんは寝台を立ち上がると、そそくさとこの部屋を退去していった。
酒の入っていない時のニシカさんは頼もしいぜ。
ダアヌ派とマリアツンデレジア派の和解を何としても、出来るだけ早く成立させなくちゃいけない。
方法を選んでいる場合じゃないな、あるいは出来る手段は全部やる事だ。
「段取り八割、段取り八割……」
鱗裂きの飛龍殺しを見送りながら俺はそんな事を考えた。
無駄に多い俺の過去のバイト経験を生かして、何か解決策を導き出さなくちゃいけないな……




