9 おかしな世界
『まじょのおかあさんとハロウィンのよる』
あるところに、ちいさなおにいさんといもうとのきょうだいがいました。
きょうだいは、やさしいおとうさんとおかあさんとしあわせにくらしていましたが、あるひおかあさんはびょうきでしんでしまいました。
まいにちないているきょうだいをしんぱいしたおとうさんは、あたらしいおかあさんをおうちにむかえました。
『はじめまして、こどもたち。いっしょになかよくくらしましょうね』
そういってにやりとわらったのは、とてもかわったおんなのひとでした。
よるよりもくらいいろの、ひとみとかみのけ。
くろいとんがりぼうしに、からだをすっぽりとつつむくろいドレス。
そう、あたらしいおかあさんは、なんとまじょだったのです。
ほんとうのおかあさんとはぜんぜんちがうといって、こどもたちはまじょのおかあさんをこわがりました。
こどもたちをこわがらせないようにと、まじょのおかあさんはまほうをつかいませんでしたが、それでもなかよくはなれませんでした。
じゅうがつのおわりの、あるよるのことでした。
ずっとまほうをがまんしていたおかあさんは、おおきなまんげつにさそわれて、ついまほうをつかってしまいます。
ポップコーンがはじけるような、たのしいおとにめをさましたこどもたちは、おかあさんのへやをのぞいてびっくりします。
そこには──
『わあっ! 萌先生、こんなに素敵な童話を書くのね』
『元は大人向けの恋愛小説なんですけどね。もしこのお話でよければ、脚本にしてみますが』
『ありがとう~! きっと可愛い劇になると思うわ! ちょうどハロウィンの時期だしぴったりね』
『配役決めと演出は也華先生の腕にかかっていますからね。がんばってください』
『うわあ……プレッシャー。でも、がんばる。保育園最後のお遊戯会だから、子どもたちにいい思い出をつくってあげたいな』
『そうですね。一応主役は魔女なので、どうしても台詞は多くなってしまうんですけど、他のキャラにもちゃんと見せ場があるように、配慮して脚本を書きますね』
『ありがとう。どうしても “ 平等 ” にはならないだろうけど、タブルキャストにしたりしてこっちでも調整してみるわ』
(──この世界は、前世の保育園で、子どもたちが演じる予定だったお遊戯会の演目だわ。間接的に死因になったほど、配役決めがつらかったことや怒りは覚えていたのに。どんな演目か、子どもたちが取り合った主役が何だったかは、すっかり忘れていたなんて)
趣味で小説を書いているという、副担任の萌が書いたオリジナルの脚本、『まじょのおかあさんとハロウィンのよる』。主役の『まじょのおかあさん』は女の子たちに大人気で、ダブルキャストのたった二枠に、十人もの手が上がってしまったのだ。
(私が保護者たちを収められなかったせいで、一生懸命書いてくれた萌先生に申し訳ないことをしてしまった。ううん、それよりも配役決めの時に、魔女以外のキャラも素敵なのよって、私が子どもたちにもっとうまく伝えるべきだった。そうしたら、あんなふうには揉めなかったかもしれないのに)
前世の不甲斐ない保育士の姿が思い出され、カリーナは胸をかきむしりたくなった。
「いやあ! 抱っこしたい~!」
ユリヤの甲高い声に、カリーナは意識を引き戻される。目の前では、リュシアンにぬいぐるみを取り上げられたユリヤが、今にも泣きそうな顔で喚いていた。
とうとう泣き出してしまったユリヤを抱き上げ、リュシアンはカリーナの元へとやって来る。
「大丈夫か?」
「はい。とりあえず熱は引きましたが……。すみません、こんなに部屋を散らかしてしまって。もう少し早く発現してくれたら、買い物でお金を使わずに済んだのになあ、なんちゃって」
混乱しヘラヘラと笑うカリーナに対し、リュシアンは冷静に言う。
「すぐに神殿へ行こう。私と一緒に」
またもや押し問答が繰り返されたが、結局使用人に子どもたちを任せ、二人で神殿へ向かうことになった。
魔法学を学んできたリュシアンによると、グッズに危険性は感じられず、避難の必要もないと判断したためだ。
前回のキノコファッションで見慣れたのか、突然現れた魔女ともふもふの狼男にも神官は動じず、すぐに公爵夫人を診断する。
前回割れた水晶よりも、数倍強度を高めた水晶には、ハロウィンカラーの三色の光が鮮やかに揺らめいていた。
「強力な魔力がお身体を包み込んでいます。間違いなく発現されていますね」
「そうですか」
「一体どんな魔法を使われたのですか?」
興奮しながらそう尋ねる神官に、カリーナは恥ずかしそうに、持ってきた包みを広げた。
「これはっ…………何でしょうか?」
「異国のとあるお祭りで使う品々です。部屋を飾り付けたり、お菓子を作ってラッピングしたり。こんなのが手から山のように出てきました。あ、これはほんの一部で、屋敷にはまだまだあります」
「ああ~……公爵様が仰っていた通り、確かに悪いものではなさそうですね。普通にお使いいただいても大丈夫ですよ」
明らかに期待はずれな顔でグッズを漁っていた神官だったが、一体だけ持ってきた魔女のぬいぐるみを見つけるなり、目の色を変えた。
「つっ……使い魔!」
「つかいま?」
「はい! 千年に一人の偉大な魔法使いにしか創れないと言われている、伝説の使い魔です! 基本的には主の命令に従いますが、優れたものだと自分の意思で、主を守るために魔法を使います」
「このふわふわしたぬいぐるみが?」
「はい! 今はまだ大人しくしていますが、そのうち覚醒するでしょう」
布に綿を詰めただけの、いかにもぬいぐるみな愛らしい魔女を見て、カリーナは首を傾げる。
「あの、実はこれと同じようなぬいぐるみが、屋敷にあと四体いるんですが」
「よよっ、四体も!!?」
青ざめる神官を見て、リュシアンとカリーナは不安げな視線を交わす。カリーナに代わり、今度はリュシアンが質問した。
「確か使い魔は、人に危害を加えることもあると学んだが?」
「はい。主を守るためなら、何をしでかすかわかりません。特に創りたての頃は、いろいろと不安定ですので」
二人は魔女のぬいぐるみだけを掴んで、急いで馬車に飛び乗った。
「ごめんなさい! 私が変なものを出したから」
「いや、私もまさかこんな愛らしいものが、使い魔だとは思わなかった」
「ああ~五体全部持ってくればよかったわ!」
「子どもたちを屋敷に残すと判断した私の責任だ。邸内には護衛兵を増やしたし、魔法を使ったあの部屋は封鎖したから、大丈夫だとは思うが……」
どうか無事でいてほしいと祈っているうちに、馬車は公爵邸に到着する。魔女と狼男は手を繋ぎ、子どもたちの元へと駆けていった。
パーティー会場の広間からは、子どもたちと使用人らの笑い声が聞こえてくる。どうやら何事もなかったようだと、二人はホッとしドアを開けた。
「マルフェン、ユリヤ、ただい……」
リュシアンはうっと口を押さえる。カリーナでもわかるほど、広間にはおびただしい魔力が充満していたからだ。その中心には──ジャック・オー・ランタンのぬいぐるみならぬ使い魔がいて、何かを手からポンポンと出していた。
キャッキャと喜ぶ子どもたちと使用人に向かい、リュシアンは叫ぶ。
「みんな! そのぬいぐるみから離れ……ぶふっ!」
美しいリュシアンの顔に、ジャック・オー・ランタンが放った何かが命中する。床に落ちる前に咄嗟に掴んだそれは、知らない文字とじゃがいもの絵が描かれた、不思議な素材の小袋だった。
「じゃごりこ……?」
横から覗き込んだカリーナが、文字を読み上げる。
「知っているのか?」
「はい。お菓子です。令和の。これはサラダ味ですね」
「レイワ……サラダ?」
ぽかんとするリュシアンを置き去りに、ジャック・オー・ランタンは、次々とカリーナに向かって菓子を投げてくる。
カリーナは頭からとんがり帽子を取り、ひっくり返して菓子を器用にキャッチしていった。
パイの身、ぶっちょ、カントリーばばあ。
やはり、どれもこれも令和の菓子で、おまけに全て個包装のハロウィンパッケージだ。
(そういえば……お遊戯会が終わった後に、ジャック・オー・ランタンに仮装した萌先生が、子どもたちにお菓子を配る計画もしていたっけ)
帽子がお菓子でいっぱいになったところで、ジャック・オー・ランタンはピタリと手を止める。ユリヤの膝によいしょと上り、小さな腕の中ですやすやと眠ってしまった。
お菓子の山からひょこっと顔を出したマルフェンは、リュシアンとカリーナを見て声を張り上げる。
「叔父上! カリーナ! 見て! お菓子がこんなにいっぱい!」
「全部このコが出してくれたの! このお化け、チョコレートかなあ? 可愛い!」
お化けのロリポップチョコと、眠るジャック・オー・ランタンを抱いて駆け寄るユリヤを、リュシアンが受け止める。
マルフェンもマシュマロやグミなどの吊り下げ菓子を幾つも肩にかけ、楽しそうにカリーナの元へ走って来た。
「マル、何でぬいぐるみがここにあるの? 部屋は封鎖したはずなのに」
「勝手に出て来ちゃったんだよ。動いてお菓子を出すぬいぐるみなんて、やっぱカリーナの魔法はすごいな! ねえ、その魔女も動く?」
菓子をキャッチするのに夢中になって、いつの間にか床に落っことしていた魔女のぬいぐるみをマルフェンは指差す。
「……どうかしら。まだ眠っているみたいだけど」
「ふうん。早く起きるといいな」
マルフェンの声に被せるようにして、ユリヤも問う。
「ねえねえ、このお菓子食べてもいい?」
「まだダメよ。神殿で安全かどうか調べてもらってからね。はあぁ~……」
情報量が多すぎるのと疲労で、思考回路の処理が追いつかない。リュシアンの計らいで、カリーナは部屋で少し休ませてもらうことにした。
念のためカリーナは、五体のぬいぐるみを預かり、自分の部屋へ連れて行く。まだ目覚めていない四体は机に並べ、ジャック・オー・ランタンとともにベッドにごろんと寝転がった。
(はあ……もう何が何やら。とりあえず子どもたちとお屋敷の人たちが無事でよかったけど)
カリーナは、三角の目を閉じて眠り続けている、ふわふわのジャック・オー・ランタンをじっと見つめる。
(離婚したら、令和のお菓子を売って暮らそうかしら。意外とお得な魔法だけど、問題はこの世界でビニールゴミを処理できるかどうかね)
横になっても頭は休めず、離婚後の生活をあれやこれやと考えていたところで、カリーナはある重要なことに気付き、がばっと上半身を起こした。
(待って。待って待って。この世界、お遊戯会のために書かれた、子ども向けのお話と違くない? だって、子ども向けの方のおとうさんは、マルとユリヤの実の父親だったけど、こっちのリュシアンは叔父だし。それに、契約結婚とか離婚だのって、どう考えても大人向けじゃない)
カリーナの頭に、前世で副担任の萌と交わした、こんな会話が甦った。
『子ども向けのお話では、家族が仲良く暮らすハッピーエンドなんですけど、大人向けの恋愛小説の方は違うんですよ』
『へえ、どんなふうに?』
『契約結婚をしたヒロインとヒーローは、育児と魔法を通して愛を深めていくものの、お互いすれ違ってしまい、契約通り離婚するんです。それで公爵家を出ていったヒロインは…………され、命を落としてしまう。悲しいバッドエンドなんですよ』
肝心な死因の部分が思い出せず、カリーナは悶える。恋愛小説にはあまり興味がなかったとはいえ、菓子パン片手に適当に聴いていた前世の自分を殴りたくなった。
(とにかく私、公爵家を出ていったら死んじゃうってこと? 離婚したらダメってこと?)
カリーナは心の天秤で、自分の気持ちを量る。片方には育児、もう片方には謎の死。絶対に嫌なのは……
こうしちゃいられないと、カリーナは部屋を飛び出し、ハロウィンパーティー真っ最中の広間へ戻る。
宝探しゲームを楽しんでいる子どもたちの元へ近付くと、普段より数トーン高い声で話し掛けた。
「マぁルたん、ユぅリたん。ママと一緒にあ・そ・び・ま・しょ♡」




