10 公爵様の魔法
様子のおかしい義母に、マルフェンは顔を引きつらせ、ユリヤはぽかんと口を開ける。
傍にいるリュシアンも、子どもたちとそっくりの顔でカリーナを見つめた。
「ねえ、ママも一緒に宝探ししたいなぁ♡ お手伝いさ・せ・て」
ぐいぐい迫るカリーナに、マルフェンは大人な対応で躱す。
「お前、部屋に戻ってもっと休んでた方がいいよ。後で遊んでやるから」
リュシアンも間髪を容れずに加勢する。
「うん。マルフェンの言う通り、部屋で休んでいた方がいい。魔力が発現したばかりで、心身ともに疲れているんだよ、きっと」
「でもぉ……せっかくのパーティーなのにぃ、私、母親らしいことが全然できていなくてぇ」
「そんなことはない! こんなに素晴らしいパーティーができたのは、企画してくれたあなたのおかげだ。この宝探しだって、すっごく楽しいよ! な?」
同意を求めるリュシアンに、子どもたちはぶんぶんと首を振って頷く。
「うふっ♡ マルたんとユリたんが楽しんでくれているなら、ママも嬉しい♡ じゃあ、ママはあっちのソファでご飯を食べながら、みんなのことを見守っているわね」
カリーナは子どもたちのほっぺたをつんとつつくと、使用人たちで賑わっているビュフェコーナーへ向かう。
部屋には戻せなかったが、ひとまず離れてくれたことに、三人はホッとしていた。
だがそれからも、常にじとっとした視線をソファの方から送られ、目が合おうものなら、ウインクされたり手を振られてしまう。
「あいつ、大丈夫か? きも……」と言い掛けたマルフェンの口を、リュシアンはもふもふの手で塞ぐ。彼なりの精一杯の笑顔でカリーナに手を振り返しながら、医師を呼ぶべきかと真剣に考えていた。
多少のハプニングはあったものの、ハロウィンパーティーは大盛況のうちに幕を閉じた。
やはり疲れが出たのか、『子どもたちを見守る優しいママ♡』を演じていたカリーナは、かぼちゃグラタンを取り分けた皿を手にしたまま、ソファで眠ってしまった。
目を覚ますと、カリーナは自分の部屋のベッドの中にいた。
(護衛兵が運んでくれたのかしら……)
ぼんやりと見回した室内は、すっかり暗くなっていた。
手を伸ばし、ランプを点けてもう一度周りを見れば、ジャック・オー・ランタンがまだ隣でぐっすりと眠っていることに気付く。オレンジ色のふわふわを眺めているうちに、カリーナの腹がぐうと音を立てた。
(お腹空いた……。かぼちゃのグラタン、ほとんど食べられなかったもん)
時計の針はもう九時を指そうとしている。カリーナはむくりと起き上がり、サイドテーブルの水を飲むと机へ向かう。机の引き出しを開け、こっそりポケットへ入れて持ってきてしまった、あの『じゃごりこサラダ味』の小袋を取り出した。
(賞味期限がどこにも書いていないわね。ま、魔法で出したものだし大丈夫でしょう)
カリーナはごくんと唾を飲み込み袋を開ようとするが、ドアをノックする音にドキリとし、慌てて引き出しに戻した。
「はい!」
「……私だが、起きているか?」
訪問客がリュシアンだとわかり、カリーナの心拍数はさらに跳ね上がる。
(子どもたちにはお菓子を食べちゃダメって言ったくせに、母親が我慢できないなんて情けない。母親失格だと思われかねないわ)
「はいっ、ついさっき起きたところです! あてもなく部屋を彷徨っていただけで、特に何もしていません!」
「……少し入ってもいいだろうか」
「どうぞどうぞ!」
ドアを開けると、まだ狼男のままのリュシアンが、心配そうな顔で立っていた。
「具合はどうだ? まだかなりおかしいようだが」
「いいえ、もう何ともありません。たっぷり寝てスッキリしました」
「それならよかった。しばらくは疲れやすいと思うから、こまめに休息を取りなさい」
「はい。ありがとうございます」
一呼吸置いた後で、リュシアンは一冊の本をカリーナへ差し出した。
「よかったらこれを。私が昔使っていた魔法学の本なんだが、初心者向けだからわかりやすく書かれているし、いろいろと役に立つと思う。あ、使い魔についても学べるよ」
「わあ、ありがとうございます。もう魔法に関してはサッパリなので、助かります」
「私は全て頭に入っているから、返さなくてもいいよ。お守り代わりに、常に手元に置いておくといい」
「ありがとうございます! 大切にしますね」
もう用事は済んだかなと、カリーナはリュシアンの様子を窺うが、彼はドアの近くに留まったまま、何やらもじもじしている。そうこうしているうちに、廊下からはワゴンを押す音と、美味しそうな香りがふわりと漂ってきた。
「食事、ほとんど摂れていないだろう。私も子どもたちと遊ぶのに夢中でほとんど食べていないから……その……もしよければ、一緒に夕飯を食べないか?」
もじもじの理由はそれだったのかとわかり、カリーナはきゅんとする。
(本当に、大きな子どもね)
ニマニマしそうになるのを堪えながら、カリーナは元気に返事をした。
「はい! ぜひ! パーティーのお話も聴かせてくださいな」
部屋の小さな丸いテーブルに向かい合う狼男と魔女。
二人の間に並べられた皿からは、温かな湯気がほわっと立ち昇り、空っぽの胃をくすぐった。
マナーに厳しいリュシアンのこと。もふもふの手袋だけではなく、ケモ耳付きのフードまで取ってしまい、カリーナは少し残念に思う。けれど、逆に身体だけがもふもふなのが面白くて、じわじわと可笑しくなった。
リュシアンの方も、かぼちゃのグラタンを幸せそうに食べるカリーナを見ては、密かに頬を緩めていた。
いつも食事中はほとんど喋らないリュシアンだが、非日常の名残と甘いワインが手伝い、今夜は会話が弾む。ハロウィンパーティーのことを一通り語り終えると、フォークを置き、改まってカリーナに言った。
「今日は子どもたちとたくさん遊べて、たくさん話せた。あのマルフェンも、自分から私と手を繋いでくれたんだ。……あなたのおかげだよ。どうもありがとう」
「いえいえ! お屋敷の人たちが準備を手伝ってくれたり、一緒に盛り上げてくれたおかげですわ。公爵様も、子どもたちのために積極的にもふもふになってくださりありがとうございます」
「ああ……いや、なかなか楽しかったよ。耳や尻尾があるってこんな感覚なんだなと思って」
フードを触り頬を染めるリュシアンに、カリーナはむふっと笑う。
「すごくお似合いですわ。難易度の高い狼男をそんなに素敵に着こなせる方は、公爵様しかいらっしゃいません」
「あなたもよく似合っているよ。まるで本物の魔女みたいだ」
「これを着たら本当に魔法が使えちゃいましたしね。あ……お片付けとか、たくさんご迷惑をおかけしました」
「いや、むしろ発現してよかったよ。あのまま身体に魔力を溜め込んでいたら、毒になったかもしれないし。しかも、伝説の使い魔を創れるなんて感動したよ。他の四体は、一体どんな魔法を使うのだろうな」
リュシアンは、机に並んだ四体のぬいぐるみを眺めて目を輝かせる。やがて自分の手へ目線を落とし、はあとため息をついた。
「私の魔力も、もう少し強ければな……。強くなくても、せめて何かの役に立てればよかったのに」
しゅんとするリュシアンに、ほろ酔いでご機嫌なカリーナはズバッと尋ねる。
「公爵様の魔法って何ですか?」
リュシアンは手をギュッと握り、上目遣いでカリーナを睨む。
「…………笑わないか?」
「見てみないとわかりません。でも、努力します」
リュシアンはこほんと咳払いし、掌を上に向ける。すると、ピンク色のハート形の炎が、ぽわんと宙に現れた。
「ええぇっっっ! 可ん愛いぃっ!」
「……何も燃やせないし、攻撃もできない。ただぬるっと温かいだけ」
「ねえ、それ、触れますか!? 火傷しない?」
リュシアンは真っ赤な顔でこくんと頷き、ハートの炎をカリーナへ渡す。カリーナはほんのり温かいそれを受け取り、そっと胸に抱き締めた。
「うわあ……あったかぁい」
優しく沁みるその温もりは、何かに似ていた。
ああ、そうか。子どもを抱き締めた時の温もりに似ているんだわと気付き、カリーナの胸が震える。
(私、本当に子どもが嫌いなのかな? 本当に嫌いだったら、あんなブラックな職場で必死にがんばれたのかな? 本当の本当の本当は……)
カリーナの瞳から涙が溢れ、ハート型の炎へ落ちる。炎は消えることなく、ゆらりと揺らいではカリーナの胸を温かく灯し続けた。
リュシアンの胸も、初めて見たカリーナの涙に震えていた。
夜よりも暗い、漆黒の瞳から伝う露。
それは以前、彼女が実家の話をした時に過った影と重なり、彼の胸を苦しくさせる。
(彼女は私の知らない何かを抱えているのだろうか。もし抱えているならば……)
鼻水がつうと流れ落ちそうになったところで、カリーナは慌てて涙を拭った。
「すみません……なんだか、あったかくて、すごく心地好くて」
「そんなことを言ってくれたのは、あなたが初めてだ。ずっと役立たずの恥ずかしい魔法だと思っていたから」
「そんなことありません。可愛いし、あったかいし……あっ! ねえ! この炎、一度にたくさん出せますか?」
「ああ。幾つでも。数時間で消えてしまうが」
「充分です!」
役立たずどころか、素晴らしい使い道を思いついたカリーナはにんまりと笑った。




