11 温かな時間
翌日──
早速公爵邸には木材が運び込まれ、カリーナの部屋の床に、六畳ほどの小上がりのスペースが作られた。
綺麗に磨かれたそのスペースには、柔らかい絨毯が敷かれ、同時進行で改造していた大きめのローテーブルが運び込まれた。
そのテーブルは天板が外せる特殊な作りをしており、天板と中天板の間には、子ども用の布団と大きめのブランケットが挟み込まれた。
「では公爵様、お願いいたします」
リュシアンは頷くと、手を布団の中に入れ、例の魔法をぽわんぽわんと繰り出す。確認のためにカリーナがチラリと中を覗けば、ピンク色の炎がひしめき合い、暗がりを明るく照らしていた。
カリーナは、思わず可愛い! と叫びたくなるが、使用人たちの手前ぐっと堪える。
(炎の形が見えないなら……という条件で、公爵様から使用許可をもらったんだから。騒いじゃダメダメ)
「……お先に失礼いたします」
カリーナは靴を脱いで、小上がりのスペースに上がる。テーブルの前に座り、布団の中に足を入れると、冷えた爪先からほどよい温もりがじいんと駆け上がり、身体の芯まで温めていった。
(すごい……立派なこたつだわ。ハート一個だとちょっとぬるいかなって心配だったけど、三個入れるとちょうどいいわ)
目を閉じ恍惚感に浸るカリーナを見て、リュシアンは問う。
「私も入ってみていいか?」
「あっ、すみません! どうぞ。靴は脱いでくださいね」
リュシアンも靴下で小上がりスペースへ上がると、カリーナの向かいに座り、長い足を遠慮がちに布団の中へ入れた。
「……っ! これは……」
「どうです? どうです?」
「暖炉とは全然違う温かさだ。なんというか……こう、身体の表面だけでなく、芯までじんわり温まるというか」
元日本人の自分と全く同じ感想に、カリーナは嬉しくなる。
(こたつの素晴らしさは全世界共通ね!)
「はああ……」と同時に漏れる声に、二人は笑い合う。緊張がほどけた互いの足が、布団の中でこつんとぶつかり、リュシアンは慌てて引っ込めた。
「すまない」
「いえ、おかまないなく。公爵様も私も足が長いんですから、楽に崩しちゃいましょう。お行儀悪くても、布団の中は誰にも見えませんから大丈夫です。それに、わざと足をぶつけ合ったり、時には蹴り合ったりするのも『こたつ』の楽しさなのですよ」
「そういうものなのか……。人に足をぶつけるなど失礼な気がするが」
「いいのいいの、『家族』なんですから」
「ああ、そうか……『家族』だものな」
契約結婚のくせに、家族などと言ってしまった図々しい自分をカリーナは後悔するが、リュシアンは気分を害することもなく、にこにこと微笑んでいる。同じベッドで一緒に寝たこともあるのに、ただ足だけが触れ合う今の方がずっと距離が近い気がして、カリーナは何だかくすぐったい気持ちになった。
リュシアンはカリーナの真似をして、テーブルに顔を置いてみたり、寝転んだりしてみる。しばしこたつを堪能した後で、妻と二人で紅茶が飲みたいと言って、使用人たちを追い払った。
二人きりになると、リュシアンはチェスターコートの内ポケットから例の小袋を幾つか取り出し、テーブルへ置く。
誰もいないというのに、カリーナを手招きし、耳元にこそっと囁いた。
「……じゃ・ご・り・こ。一緒に食べよう」
夕べのその後──
可愛いハートと甘いワインでご機嫌になりすぎたカリーナは、隠していたじゃごりこをわざわざ取り出し、リュシアンに半ば強引に食べさせてしまった。
じゃごりこの美味しさに目覚めたリュシアンは、一袋だけでは満足できず、お菓子の山の中から他の味も持ってきて、二人で酒のつまみにして楽しんだのだった。
「あら、いいですね。こたつで紅茶とじゃごりこ。それとみかん代わりのオレンジで楽しみましょう」
「『こたつ』には他にどんな食べ物が合う?」
「そうですねえ。もう少し寒くなってきたら、温かいお鍋……お野菜やお肉をたっぷり入れたスープ料理とか。あとは逆に冷たいアイスクリームも最高ですね」
「なるほど、それは楽しそうだ。あなたは本当に物知りだな」
「えへっ」
カリーナが気分を良くしていたところで、ボウルに山盛り入ったオレンジと紅茶が届いた。給仕がいなくなると、二人は早速じゃごりこの袋を開け、罪深い食感をボリボリと楽しむのだった。
ちょうどおやつの時間になり、子どもたちもカリーナの部屋へやって来る。
リュシアンとカリーナは、空のビニール袋をさっと布団の中に隠し、何食わぬ顔で子どもたちを迎えた。
「わあっ! それ、なあに?」
「お・こ・た♡ おチビちゃんたちもいらっしゃい♡ あ、可愛いお目めが火傷しちゃうから、お布団の中は覗いちゃダ~メ~よ♡」
まだ様子がおかしい義母に、子どもたちは怪訝な顔を見合わせるが、好奇心には勝てない。お行儀よく靴を揃えて小上がりスペースへ上がると、テーブルの側面へ座り、布団に足を入れてみた。
あったかいと言ってはしゃぐ子どもたちに、大人たちはふふっと笑う。みんなでおやつを食べて、昨日できなかったカリーナの手作りのカードゲームをして──そんな非日常を楽しんだ。
ところが、非日常は日常になってしまった。
こたつがよほど気に入ったのか、子どもたちだけでなくリュシアンまで、カリーナの部屋に入り浸るようになったからだ。
お菓子やらオモチャやら本やらを持ち込まれ、常にごちゃごちゃと散らかっている小上がりスペースで、三人は毎日ダラダラゴロゴロと過ごす。
子どもたちは勉強やレッスンの時間になると渋々出ていくものの、リュシアンは酷いと一日中こたつに入っていることもある。
執務をしてはごろんと横になり、また起きては執務をし、合間にじゃごりこ。用がある日も、「出たくないな。出なくていいかな」と子どもみたいにダダをこねては、カリーナに蹴飛ばされてやっとこたつから出ていく始末だ。
『自分に厳しく』を教育方針に掲げている公爵家が堕落していく様子に、カリーナは震えていた。
(もしかしたら私、とんでもないものを作っちゃったんじゃ……。せっかくいいママになってバッドエンドを回避しようとしたのに、こんな形で史上最悪の継母になろうとは)
これはいけないと、カリーナは紙とペンを用意する。『こたつを使用する際のお約束ごと』を書き出し、三人の子どもたちに厳しく教え込むのだった。
さて、じゃごりこをはじめ、神殿で安全性が認められた令和の菓子たちだが、増えていく一方のビニールゴミに、カリーナは頭を悩ませていた。
まだ使い魔をうまくコントロールできないせいか、ジャック・オー・ランタンは勝手に菓子を出してくるし、ゴミに埋もれるのが先か、菓子に埋もれるのが先かと本気で怯えていた。
そんな中、主の悩みに応えるように目覚めたのが、ドラキュラの使い魔だった。
ドラキュラはいわゆるお掃除の魔法を使えるらしく、ビニールゴミと余分な菓子を口に吸い込んで、綺麗さっぱり消してくれた。
じゃごりこのストックを全て消されて半泣きになるリュシアンを慰めながら、カリーナはドラキュラの使い道をあれこれと探るのだった。
◆
季節は秋から冬へと移り変わった。
ハートの炎を三個から五個に増やしたこたつで、今日もぬくぬくとおやつを食べる四人に、不意に来客が知らされた。
「シャルロットお嬢様がお見えです」
聞き覚えのないその名に首を傾げるカリーナをよそに、子どもたちは「ロッティちゃんだ!」と興奮して、こたつから飛び出していく。
カリーナは『ロッティちゃん』の情報を求めて向かいのリュシアンを見るが、全く目が合わない。リュシアンは、こたつやじゃごりこにも向けたことがないほど切ない瞳で、どこか遠いところを見つめていた。




