↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子どもなんか大っっっ嫌い! なので史上最悪の継母目指します  作者: 木山花名美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/13

12 綺麗な子ども

 

 カリーナに呼び掛けられ我に返ったリュシアンは、玄関に向かいながら『ロッティちゃん』について簡単に説明をする。


 シャルロット・デルセン侯爵令嬢。二十四歳。

 スカルタ公爵家の遠縁に当たる令嬢で、亡きグレアムとリュシアン兄弟とは幼なじみだ。

 数年前から重い病を患い、治療と療養のために王都を離れて暮らしていたのだが──突然の来訪に驚いているとリュシアンは言う。


 玄関では、子どもたちが『ロッティちゃん』らしき女性にくっつきはしゃいでいる。使用人たちもかなり親しげな様子で、彼女の周りに集まっていた。


「ロッティ」


 リュシアンの呼び掛けに、パッと顔を上げた彼女にカリーナは息を呑む。


 華奢な体躯、雪のように白い肌。肩までのサラサラの金髪と、リュシアンと同じ藍色の瞳が、どこか物憂げで神秘的なオーラを醸し出している。一言で言えば……とてつもない美女だ。

 彼女は美しい微笑みをリュシアンに向け、桃色の唇を開く。


「リュシアン、お久しぶりね」

「ああ、久しぶり」


 二人はさらりと抱擁を交わし、両手を取り合う。


「連絡もせずに、突然来てしまってごめんなさい。実家に帰ったついでに、どうしてもみんなの顔が見たくなって寄ってしまったの。……奥様にもお会いしたくて」


 ここで彼女──シャルロットは、初めてカリーナを見る。たった今リュシアンに向けていたものとは違うよそ行きの笑みを浮かべ、丁寧に言った。


「はじめまして。親戚のシャルロット・デルセンと申します。突然伺ってしまい申し訳ございません」

「カリーナ……スカルタと申します。夫からシャルロット様のお話は伺っております。お会いできて嬉しいですわ」


 カリーナが手を差し出すと、シャルロットはようやくリュシアンから離れ、カリーナの手を握る。

 小枝のように細い彼女の指に残る、リュシアン(夫)の生ぬるい熱に、カリーナはもやりとした何かを感じた。


「ロッティちゃん、今日お泊まりできる?」


 ユリヤがシャルロットのスカートをつんと引く。


「うーん、今日は突然お邪魔してしまったから。また今度ね」


 ユリヤのふわふわの銀髪を撫でるシャルロットに、マルフェンがすかさず言う。


「イヤだ! せっかく来たんだから泊まっていってよ! ねえ、いいですよね? 叔父上」


 シャルロットの腕を掴み、絶対に帰すまいと懇願するマルフェンに対し、リュシアンは思案顔をする。

 風が吹けば飛んでいってしまいそうなほど儚いシャルロットを見つめ、冷静に尋ねた。


「体調は大丈夫なのか?」

「ええ。だから実家に帰って来られたのよ。療養先の綺麗なお水と、新しいお薬が身体に合っているみたいで」

「……そうか。なら、今夜はぜひ泊まっていってくれないか? せっかく良くなったというのに、風邪でも引いたら大変だ。もうじき日も暮れるし」

「いいえ。みんなの顔だけ見られればよかったの。すぐにおいとまして、ホテルに泊まるから大丈夫よ」

「ダメだ。王都は療養先(向こう)と違って寒いのだから。今日はもう外へ出ない方がいい」

「でも……奥様にご迷惑だわ」


 部外者として一歩引いていたカリーナに、みんなの視線が一斉に注がれる。そうか、一応女主人として、私からも勧めなきゃいけなかったんだわと気付き、カリーナは慌てて言った。


「迷惑だなんてとんでもない! 部屋も食料も燃料も腐るほどあるんですから! 一晩でも二晩でもごゆっくりどうぞ」



 シャルロットはカリーナの言葉を素直に受け取り、二泊どころか三泊していくことになった。

 突然のVIPな客に、戸惑いと不可解な『もやり』を感じていたカリーナだったが、すぐにロッティちゃんの使い道に気が付き、気持ちを切り替えた。


(子どもたちをお任せしちゃえば、久しぶりに育児から解放されて楽になるかな)


 カリーナの期待どおり、子どもたちは夕食の席でも、シャルロットにベッタリだった。シャルロットを真ん中に挟んで座り、食事もそっちのけで話に夢中だ。

 シャルロットは子どもたちの話に優しく相槌を打ちながらも、さりげなくマルフェンに食べるよう促したり、ユリヤの補助をしている。


(この人、私より保育士……じゃなくて、母親に向いているかもしれない。見た目も聖母だしね)


 チラリとリュシアンの様子を窺えば、幼なじみへの親愛の情だけでなく、切ない何かを含んだ眼差しをシャルロットへ向けている。そしてシャルロットの方は、明らかに親愛の情以上の熱い瞳でリュシアンを盗み見ていることに、カリーナは気付いてしまった。

 前世も今世も恋愛経験皆無のカリーナだが、ませた園児がこんな目で男児を追っていたことを、ふと思い出したのだ。


 そこでカリーナは疑問に思う。なぜお似合いすぎるこの二人は結婚しなかったのだろうかと。しかし、すぐにその理由に気付き、シャルロットに対して申し訳なく思った。

『健康』な二十~四十歳までの高位貴族の女性。カリーナが公爵夫人に選ばれた理由は、それだけなのだから。


(もう二十七歳になる公爵様が、どうしてお兄様の存命中も独り身でいたのか不思議だったけれど。ずっとロッティちゃんを想っていたからなのかもしれない)


 そんなことを考えるうちに、『もやり』はもやもやへと変わっていく。頭に渦巻くそれを振り払うように、カリーナは黙々とフォークを口に運んだ。

 今夜は子どもたちの世話をする必要もなく、自分の食事に専念できるというのに。大好きなパンも、少し苦手な魚料理も、全く味がしなかった。


 食事が終わると、シャルロットは華奢な身体をふわりと踊らせながら、カリーナの元へやって来た。


「カリーナさん、二人きりで少しお話ししませんか? 美味しいハーブティーでも飲みながら」


 一見柔らかなシャルロットの笑みには、剣を構える騎士のような闘志がみなぎっていた。




 ハーブティーの香りが漂うシャルロットの部屋で、女二人はソファに向かい合う。

 これは療養先の地でしか採れないハーブで作ったお茶で、美味しい上に滋養強壮効果があり……というシャルロットの説明を聴きながら、カリーナはカップに口を付ける。

 味の感想を述べるついでに、療養先の気候などについて当たり障りのない質問をするカリーナに、シャルロットは笑顔で答える。そうしてカップのお茶が半分ほどに減ったところで、彼女は急に剣を振るい始めた。


「私とリュシアンが許嫁だったことはご存知ですか?」


 口内に残るハーブが急に苦く感じられ、カリーナは静かにカップを置く。即席の盾で、どこを狙っているのかわからないシャルロットの剣を受け止めた。


「いえ、遠いご親戚で幼なじみとしか存じ上げませんでした。でも、そんな感じはしていましたわ」

「あら、どうして?」


 ませた園児と同じ目をしていたから──とは言えず、カリーナは適当に答える。


「なんとなくです。お二人の間に漂う空気感というか」

「……そう。まあ、そうよね。隠していても、どうしても溢れ出てしまっているわよね」


 シャルロットは、不敵な笑みを浮かべてカリーナを見る。だが、思ったような反応が返ってこないため、自分から鋭く切り込んだ。


「嫌じゃなかったの? 夫の恋人だったかもしれない女を家に泊めるなんて」

「いいえ。あなたは、お屋敷の人たちにとって大切なお客様ですから」

「お客様……そうね。しばらく会わないうちに、私は完全に『お客様』になってしまったわ。マルフェンもユリヤも、前はもっと距離が近かったのに」

「そうですか? 子どもたちはあなたのことが大好きですし、充分懐いているように見えましたけど」

「『お客様』としてね。あの子たち、食事の間もずうっとあなたの話ばかりだったもの」

「今一番熱い話題が、私に関することなだけですよ。子どもたちの見て見て! 聴いて聴いて! は、愛情と信頼の証なんですから、『ロッティちゃん』こそ自信を持ってくださいな」


 つい後輩の保育士に接する感覚で励ましてしまったカリーナに、シャルロットはきょとんとする。やがて、くすりと笑い表情を和らげた。

 戦意を喪失したのか、すっと剣を下ろすシャルロットに、カリーナも盾を置く。甘味を取り戻したハーブティーを飲みながら、シャルロットの次の言葉を待った。


「……私ね、小さい頃からずっと、リュシアンのことが好きだったの。両親におねだりして、無理やり許嫁にしてもらって。リュシアンの方は、可愛い妹くらいにしか思っていなかったと思うけれど、許嫁として私を大切にしてくれたわ。でも……」


 シャルロットの綺麗な顔に、暗い雲が掛かる。


「正式に婚約する前に、私が病気になってしまって。それでもリュシアンは婚約しようとしてくれたけれど、私の方から許嫁を解消したいと申し出たの。病気が治る見込みもなかったしね。許嫁じゃなくなっても、彼は私に遠慮して誰とも結婚しなかったし、しょっちゅう療養先にお見舞いに来てくれたわ。でも……グレアムがあんなことになってしまって。手紙のやり取りだけは何とか続けていたけれど、しばらく疎遠になっていたのよ。私もどんどん病が悪化して、王都には帰って来られなくなっていたから」


 その言葉に、カリーナはゾクリとする。どうか違っていてほしいと願うが、嫌な想像は当たってしまった。


「私、余命ひと月なの。お医者様ももうお手上げですって。本当は実家にだけ帰るつもりだったのだけど、どうしても…………に会いたくなってしまって。ごめんなさい」


 二人の間に、重い沈黙が流れる。死に向かう人への最適な言葉など見つからず、カリーナは頭ではなく心の奥から言葉を発した。


「よかったわ。み(・)ん(・)な(・)に会いに来てくれて。勇気を出してくれて、どうもありがとう」


 シャルロットの顔がくしゃりと歪む。鼻を啜り、血色の悪い唇を噛み締め、玩具の剣をカリーナへ向けた。


「ああ、嫌だわ。なんであなたはこんなに素敵なの? もしあなたが嫌な女性《ひと》だったら、倒れたフリでもして、リュシアンに抱きついちゃおうかと思っていたのに」


 あまりにも可愛いことを言い出す綺麗な子どもに、カリーナも玩具の剣で応戦する。


「いいじゃない。使える武器は使って、彼を落としちゃいなさい。この世は競争社会なんだから。ぽっと出の妻なんかに遠慮することはないわよ」

「ふふっ、そうね。私の方が、あなたよりもずっと早くリュシアンと出会っているんだし。早い者勝ちよね」


 二人は悪戯っぽい瞳に互いを映し、初めて本当の笑みを交わした。




「張り切りすぎちゃダメよ、暖かくして寝てね」と念を押し、カリーナはシャルロットの部屋を出る。

 一人で廊下を歩いていると、シャルロットの前では抑えていた様々な感情が暴れ出し、胸が苦しくなった。


 自分の部屋のドアを開けてすぐに、カリーナは今一番会いたくない人の気配に気付いてしまう。一瞬躊躇うが、ここで変な行動を取って勘づかれるわけにはいかないと思い、先客がいる部屋にそのまま入った。

『余命のことは、リュシアンには内緒にして』

 ──それが、シャルロットの望みなのだから。


 こんな寒い夜だというのに、リュシアンはさっとこたつから出て、カリーナの元へ来る。廊下を歩いているうちにすっかり冷えてしまった彼女の手を握り、心配そうに言った。


「カリーナ、大丈夫か?」

「え?」

「いつもより食欲がなかっただろう。好きなパンもお代わりしなかったし」


 思いもよらぬ言葉に、カリーナは目を瞠る。


(……見ていてくれたんだ。ロッティちゃんだけじゃなくて、私のこともちゃんと見ていてくれたんだ)


 カリーナはリュシアンの温かい手から自分の手を引き抜くと、くるりと背を向け言う。


「別に、私だって食欲がない時くらいありますよ。今夜は苦手な魚料理でしたし」

「ごめん。シェフがロッティの身体を気遣って、消化の良い魚料理にしてしまったんだ。あなたの分だけ別のメニューを用意させればよかったな」

「いいの。別にいいの。少し苦手ってだけで、食べられないわけじゃありませんから。子どもじゃあるまいし」


 言葉と態度が矛盾しすぎ! と、自分に呆れるカリーナだが、暴れる感情をうまく制御できない。


(子どもが泣き止めない時って、きっとこんな気持ちなんだわ)


 何かが迫り上がる胸を手で押さえ、カリーナは小上がりスペースへと駆け上がる。こたつ布団の中に勢いよく頭を突っ込み、うつ伏せで寝転んだ。


 リュシアンもカリーナの後を追って小上がりスペースへ上がると、長い足だけがニョキっとはみ出したこたつへ近寄る。こたつのテーブルに常備している例の小袋を掴み、その手を布団の中へ入れた。


「カリーナ、じゃごりこ(コレ)、一緒に食べないか?」

「いりません。今夜はじゃごりこじゃなくてカントリーばばあの気分なの」

「そう言うと思って……ほら、用意しておいたよ」

「いりません。バニラ味じゃなくてパンプキン味の気分なの」

「昨日は、もうパンプキン味は飽きた、ハロウィンはお腹いっぱいって言ってたのに」

「昨日は昨日。今日は今日です。それより、ハートをもっとください。頭と心が寒くて仕方ないわ」

「……カリーナ」


 妻の声が震えているのに気付き、リュシアンはそっと布団をめくる。ハートの炎が照らすカリーナの瞳には、大粒の涙が揺らめいていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
みんなかわいい。。。 こうなると全員幸せにしたくなるのがAjuという書き手ですが。。。 どうなることやら……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。