8 本物の魔女だった
しんと静まり返る聖なる間。
割れた水晶をしばらくぼんやりと見つめていたカリーナだが、ハッと周りを見て、怪我はなかったかと問う。子どもたちを両腕に抱き寄せているリュシアンは、目を瞠ったままこくこくと頷いた。
「……水晶が割れるだなんて! とてつもない魔力だ!」
神官は興奮し、水晶の欠片とカリーナを交互に見ては、ぶるぶると身体を震わせる。
「これほどの魔力をお持ちなのに、今まで発現されたことはないのですか!? 兆候などは!?」
「いえ。何も」
「ご家族に魔力持ちの方は?」
「いません。先祖代々魔力なしです」
「慢性的な疲労感や、眩暈などが頻繁に起こることはありませんか? 普通これだけの魔力を体内に秘めていたら、何らかの不調として現れるはずなのですが」
至って健康ですと答えてしまいそうになったカリーナだが、例の病弱設定を思い出した。
「ええと、十代の頃は病で引きこもりがちでしたが、今は健康そのものです」
「そうですか……不思議ですねえ」
うーんと首を傾げる神官の前に、険しい顔をしたリュシアンが歩み出る。
「妻の身体が心配だ。もしものことがないように、定期的に魔力診断をしてほしい」
『妻』『心配』という言葉に、カリーナの胸はきゅんとときめくが、慌てて思い直した。
(勘違いしちゃダメよ、カリーナ。書類上の夫婦だから『妻』なだけだし、『心配』も私に向けられたわけじゃなくて、万一魔力が暴走して子どもたちに何かあったら心配……という意味なんでしょうから)
たとえ全身ベニテングダケでも、リュシアン・スカルタ公爵のオーラは健在だ。貴い公爵夫人にもしものことがあれば一大事。神殿が責任を問われるようなことは何としても避けなければと、神官は額に汗を浮かべ答えた。
「はい、もちろんです。魔力が認められた以上、今後も責任を持って、我が神殿で奥様の魔力を管理させていただきます」
帰りの馬車の中で、子どもたちは興奮していた。
「すごいな、カリーナ! 水晶が割れるだなんて、きっと最強の魔法が使えるんだろうな」
「すてき! ほうきで空を飛べるかなあ」
「ほうきなんてなくても飛べるに違いないよ! 飛ぶどころか、瞬間移動とか。いや、もっともっとすごいかな?」
楽しそうに話す子どもたちとは逆に、リュシアンはずっと眉間に皺を寄せている。
(そりゃそうよね。どんな危険な魔力を持っているかわからない女を、子どもたちの母親なんかにしちゃったんだから。……あ、ひょっとしたら、すぐにでも追い出してもらえるかも?)
喜ぶべきなのに、なぜかカリーナの気持ちは沈んでいく。せっかくいろいろ計画したのだから、せめてイベントだけは一緒にやり遂げたいなと考えていた。
『様』呼びを忘れたマルフェンのベニテングダケ蝶ネクタイを取り、問答無用で一回り大きな物へと着け替えるカリーナに、リュシアンは静かな声で話し掛ける。
「カリーナ。少しでも体調に異変を感じたら、すぐに私に報告しなさい」
「あ……はい。承知致しました。万一暴走したりして、子どもたちに危害を加えることのないよう気をつけますね」
「いや……いや、そうではない。あなたの身体が心配なんだ。強すぎる魔力は、時に持ち主を滅ぼすことだってあるのだから」
顔はずっと険しいのに、その声は優しく温かい。
リュシアンが心から自分を心配してくれているのだとわかり、カリーナの胸はきゅんを通り越してきゅうと苦しくなった。
リュシアンの言葉の意味を悟ってしまったのか、不安げな顔をするユリヤをカリーナは膝に乗せる。小さな手をトントンと叩きながら、明るい声で言った。
「もしも魔法で空を飛べたら素敵ね。虹の門を潜ったり、雲のベッドで眠ったり。手を繋げば、みんなで一緒に冒険できるかしら」
笑顔が戻ったユリヤに、カリーナはホッとする。さらに空気を変えようとして、今度はマルフェンに尋ねた。
「ねえ、そういえばマルちゃんはどんな魔力を持っているの?」
「炎。手から火が出せる。父上と同じくらいの強さだから、もっと訓練すれば攻撃もできそう」
──再び重くなり始めた空気に、カリーナは焦り、めいっぱいテンションを上げた。
「へえ! 炎! 焼き芋を焼く時便利そうね!」
「普通にマッチを使えよ。危ないから」
七歳児のもっともな突っ込みに、カリーナはあははと笑い、リュシアンの方を見る。腕を組み窓に目をやる彼の姿からは、絶対に私の魔力については訊いてくれるなという圧を感じた。
いろいろ察したカリーナは、すぐに魔力からイベントの話題へと切り替え、その後は和やかな雰囲気のまま無事に帰宅した。
十月末、いよいよお待ち兼ねのイベントの日がやって来た。
黒、紫、オレンジ色の三色のガーランドや風船、子どもたちが手作りしたお化けなどで飾られた公爵邸の広間には、非日常のわくわく感が漂っていた。
長いテーブルには、蜘蛛の巣の形をしたテーブルクロスが敷かれ、その上にはビュッフェスタイルの食事が並んでいる。かぼちゃを使ったスイーツや、お馴染みのキャラたちを象ったオードブルなど、色彩も形も賑やかなものばかり。
そう、カリーナが考えたイベントとは、令和のハロウィンふうパーティーだった。一家だけではなく、使用人たちも事前に用意していた仮装をしており、互いを見ては楽しそうに笑い合っている。今日は屋敷の者全員で、飲んで食べてゲームをして、わいわいと過ごす予定だ。
中でも当主のリュシアンが、一番仮装を楽しんでいた。無難な吸血鬼ではなく、ほぼ着ぐるみな狼男を選ぶセンスに、さすが人前でベニテングダケになれるだけあるわと、カリーナは感心していた。
これ以外は絶対に嫌だと言って無難な吸血鬼になったマルフェンと、これがいい! と喜んでかぼちゃの妖精になったユリヤは、どちらも可愛すぎて大人たちをメロメロにしていた。
そしてカリーナはもちろん、似合いすぎる魔女の仮装をして張り切っていた……のだが……
魔女に仮装してから、ずっと身体がおかしい。
熱もないのに熱くて、全身から何かを吐き出したくなるような、そんな奇妙な感覚だ。
楽しいパーティーを台無しにするわけにはいかないと、リュシアンを別室に連れて行き、こっそり事情を話した。
「すぐに神殿で診てもらおう。私も一緒に行く」
「いいえ、公爵様は子どもたちと遊んで差し上げてください。私は一人で大丈夫ですから」
「しかし……」
そんな押し問答をしているうちに、カリーナの症状はみるみる悪化し、立っていられなくなる。ふらつく身体を咄嗟に支えたリュシアンに、カリーナは苦しそうに首を振った。
「ダメ……です。危険だから離れて……」
そう声を絞り出した瞬間、カリーナの熱は一気に高まり、両手の指先に集まる。カリーナはありったけの力でリュシアンを突き飛ばすと、誰もいない方へ両手を向けた。
ポン! ポンポン! ポンッ!
ポップコーンが弾けるような軽快な音とともに、何かが次々と床の上に現れた。
ドクロ型のランプ、かぼちゃや黒猫のバケツ、ゆらゆら揺れるお化けの巨大風船に、HALLOWEENの文字の壁飾り。すぐにでもホームパーティーを開けそうな、ハロウィンカラーの紙皿に紙コップ、おまけにクラッカーまで。
完成品だけではなく、お菓子作りに使えそうな型やピックにラッピング用品、そして工作に使えそうな紙粘土や折り紙まで出てくる。
(何……これ。百均?)
これでもかと現れるグッズは、積み重なり山になっていく。
魔女、ジャック・オー・ランタン、ミイラ、ドラキュラ、フランケンシュタインの五体のぬいぐるみを出したところで、カリーナの熱はすっと引いていった。
立ち尽くすカリーナと、腰が抜けて立ち上がれないリュシアン。どちらも山のようなハロウィングッズを呆然と眺めていたが、「可愛い!」というユリヤの声で、ハッと我に返った。
グッズの山へと走り、ぬいぐるみに触れようとするユリヤを、カリーナは素早く抱き上げる。
「危険かもしれないから触っちゃダメよ」と注意するが、イヤイヤと珍しく主張し、カリーナの腕から飛び下りてしまった。
五体のぬいぐるみを代わる代わる抱き締める、幸せそうなユリヤを見ているうちに、カリーナの頭の中で記憶がポポンッと弾けた。
(そっか……そうだったんだ。この世界が何なのか、やっと思い出したわ)




