7 偽物の家族
両開きの大きなドアを開けた一家を、「いらっしゃいませ!」と明るい声が出迎える。
広い壁一面に取り付けられた棚には、色とりどりの品物がズラリと並んでいる。ここは王都の街で最大の雑貨屋だ。
カリーナは最初に手芸コーナーへ向かうと、黒、紫、オレンジ色の布を手に取る。続いて、風船や造花など、装飾に使えそうな物を選び籠へ入れていった。
リュシアンと子どもたちもカリーナの後を付いて回り、面白そうな物を手に取っては、カリーナに伺いを立てる。そのたびにカリーナが、「いいアイデアね」とか「よく見つけたわね」などと言ってくれるものだから、三人はまるで宝探しをしている気分になった。
黒紫オレンジの三色で溢れ返った籠を覗いて、楽しそうに笑い合う三人の子どもたちを、カリーナは温かく見守っていた。
買い物を済ませた四人は、街を散歩することにした。雑貨屋を出て少し歩いた先にある商店街では、ちょうど秋祭りが開かれており、屋台が幾つも並んでいる。
屋台の珍しいお菓子に目を輝かせるマルフェンと、広場に設けられた子どもの遊び場をじっと見つめるユリヤ。この後もう一つ用事があり時間が限られているため、効率よく楽しめるようにと、夫婦は二手に分かれて子どもたちを見ることにした。
お揃いのベニテングダケの服を着たリュシアンとユリヤは、手を繋いで遊び場に向かう。赤地に白のドット柄の背中を見て、カリーナはふふっと笑った。
(公爵様一人だと面白いけど、こうしてユリヤと並ぶときゅんきゅんしちゃうわ。なんて可愛い毒キノコたちなの)
残ったウスムラサキシメジペアのカリーナとマルフェンは、屋台をじっくり見て回る。一番気になった、苺と葡萄の飴が刺さった長い串を買うと、二人でベンチに腰かけた。
ベニテングダケはどうしても嫌だと言って、全身ウスムラサキシメジになったマルフェンも超絶可愛い。
紫色のベレー帽とかぼちゃパンツを、こんなに愛らしく着こなせるのはうちの子だけだろうと、カリーナはニマニマ見つめていた。
カリーナの視線に気付いたマルフェンは、奥歯で噛んだ飴をごくりと飲み込み、不満げに口を尖らせる。
「……何だよ。見るなよ」
「ええ~だって可愛いんだもん」
「カリーナのせいだからな。叔父上の服が変になったの」
「いいじゃない。ユリヤもすてきって言ってたし」
「ユリヤはともかく、僕まで巻き込まれていい迷惑だ。ふん」
そう言いながらも、蝶ネクタイだけはベニテングダケ柄にしてお揃い感を出してくれたマルフェンを、カリーナは愛おしく思う。
同じくベニテングダケ柄のフリルの付いた紫色のスカートの陰で、カリーナはルンルンと足を踊らせていた。
半分ほど飴を食べたところで、マルフェンはピタリと動きを止める。彼の視線は串ではなく、路上で立ち止まる一組の親子に向けられていた。
もっと買ってほしいとダダをこねているのか、屋台を指差し泣くマルフェンと同じ歳くらいの子どもを、母親が優しく宥めている。よくあるそんな光景を見て、マルフェンはぽつりと呟いた。
「恥ずかしいな。もう大きいのに、赤ん坊みたいに泣いて、親に甘えて」
言葉とは裏腹に、マルフェンの目には悲しみと羨望が浮かんでいる。カリーナは自分の飴をパリッと噛み砕き、軽い調子で言った。
「マルちゃんも私に甘えていいのよ? まだ赤ちゃんなんだから」
「……僕はもう甘えたくなんかない。それに、お前は母親じゃない!」
マルフェンはあっと口をつぐみ、さっきよりももっと悲しい顔で俯く。彼が放った刺のような言葉に、マルフェン自身が一番傷付いているのだと感じたカリーナは、慎重に言葉を選んだ。
「そうよ。私はあなたの母親なんかじゃないわ。あなたのお母様は、この世にたった一人でしょう?」
黙ってこくりと頷くマルフェンに、カリーナは微笑む。
「大丈夫よ。無理に母親だと思えだなんて言わないから。乳母とも侍女とも家庭教師とも違う……そうねえ、ちょっと特別な『先生』みたいなものだと思っておけばいいわ。だけど……」
カリーナは、マルフェンのほっぺたをふにっとつまむ。
「『お前』でも『カリーナ』でもなく、『カリーナさま』。外では気を付けなさいって言ったでしょ? 今度呼び捨てにしたら、毎日ベニテングダケにしちゃうからね」
「……ふぁい」
「わかればよろしい」と言って、カリーナはほっぺたを解放する。最後の飴を口に入れ、つんとする酸味とともに、澄んだ青空を見上げた。
マルフェンはそんなカリーナの横顔を見ながら、遠慮がちに尋ねる。
「カリーナ……様は、偽物の家族でもいいの?」
「偽物?」
「僕たちは偽物の子どもだし、叔父上も偽物の夫でしょう? 本物の結婚をしないで、寂しくないの?」
子どもとは勘が鋭いものだと、カリーナはつくづく思う。リュシアンが子どもたちに話していないこと──夫婦関係が偽物であることまで、ちゃんと見抜いているのだ。
マルフェンの真剣な眼差しに、カリーナは少し考えてから答えた。
「うーん、どうかしら。本物の家族と一緒でも、幸せになれるとは限らないし。それなら偽物の家族でも、それなりに楽しい方がずっといいわ」
「今はそれなりに楽しいの?」
「そうね。生意気な赤ちゃんは大変だけど、こうして一緒に美味しい飴も食べられるから」
嘘偽りのない笑みを浮かべるカリーナに、マルフェンはホッとしたように笑う。食べやすいようにと、残った飴を串の先端に上げてくれたカリーナに、「ありがとう」と素直に甘えていた。
美味しそうに飴を食べるマルフェンを見て、カリーナは今後のことを考えていた。
ついこの間までは、育児なんかしたくない、早く公爵家を出たいとばかり考えていた彼女だったが、リュシアンの悲しい事情や悩みを聞いてしまった今となっては、放っておけなくなってしまったのだ。
(ひとまず今は、公爵様と子どもたちの距離を縮める手伝いをしよう。公爵家を出て行くのは、三人が仲良くなった後でも遅くないわ)
ほんのり冷たい秋風のせいだろうか。
目の前を楽しそうに行き交う本物の親子連れに、カリーナも少しだけ切なくなった。
聞き覚えのある声に顔を上げれば、泣きじゃくるユリヤを抱いたリュシアンが、こちらへ近付いてきていた。
ユリヤがやりたいと言って、暗闇迷路なる小屋に入ってみたものの、途中で怖がって泣き出したために、慌てて出てきたのだという。
カリーナを見た途端、腕を伸ばし抱っこを求めるユリヤに、カリーナの胸はきゅんとなる。ユリヤを受け取る時、一瞬触れたリュシアンの汗ばんだ手にもきゅんとしてしまい、なぜか堪らなく泣きそうになった。
もう一つの用事のために、公爵一家は馬車に乗り、とある場所へ向かう。
厳重に警備されている門を抜けると、目的地のとある神殿が見えてきた。
王宮の敷地内にあるこの神殿は、国内で唯一魔力の有無や強さを診断したり、魔法の訓練ができる特別な神殿である。
グレアムもその妻マリヤも魔力持ちだったため、娘のユリヤも、マルフェンと同じく魔力を持っている可能性が高い。もし魔力があるなら、幼い頃から魔力を制御する訓練をする必要があるため、数カ月に一度、こうして神殿を訪れているのだ。
魔力診断に使用される聖なる間にて、神官が清めた水晶に、ユリヤが手をかざす。すると淡い光が一瞬だけ水晶を包み、すぐに消えてしまった。
「前回よりも光が強いですね。やはり、公女様も魔力をお持ちである可能性が高いでしょう」
「発現はまだ先か?」
「はい。ただ、急に魔力が高まり発現する場合もありますので、少しでも兆候が見られましたら、すぐにこちらへお越しください」
神官とリュシアンのそんなやり取りを、少し離れた所から見ていたカリーナに、マルフェンが問う。
「ねえ、カリーナっ……様は魔力持ってないの?」
「ええ。何も。すっからかん」
「ふうん。なんかすごい魔力を持っていそうなのにな」
確かに、いかにも魔女っぽい容姿なのにねと、カリーナは可笑しくなる。
そんなやり取りが聞こえたのか、「よかったら奥様もいかがですか?」と神官に勧められ、カリーナは軽い気持ちで魔力診断を試してみることにした。万一何かお得な魔力があったら、離婚後の生活に役立つかもしれないな~などと考えながら。
女性にしては大きなカリーナの手が水晶にかざされるが、光も何も現れない。
やっぱりねと手を引っ込めようとしたその時──
水晶から閃光が放たれ、聖なる間をカッと照らす。やがてピシピシと亀裂が入り、水晶はその場で粉々に割れてしまった。




