4 ばっちい子ども
当たり前のように子どもたちを連れて来て、敷物へ座らせた乳母と侍女。
子どもたちもあまりにも自然に座っているものだから、カリーナは呆気に取られてしまう。
そういえば……とやけに重たいバスケットを開いてみれば、一人分とは思えない量のサンドイッチや、明らかに子ども向けのお菓子が入っていた。
(一人でピクニックするって伝えたのに! ったく余計な気を回してくれちゃって!)
連れて来られてしまったものは仕方ない。せっかくだから誰も見ていないところで子どもらを虐めてやろうと、カリーナは人払いする。
さて……と手始めにマルフェンを睨んでみれば、一応睨み返してはくるものの、やはり夕べほどの敵意は感じない。
試しに、「私のことが嫌いなくせによく来たわね」と先制攻撃を仕掛けてみれば、「来たくなかったけど、お前がユリヤを虐めるかもしれないから」と予想以上に生意気な答えが返ってくる。
続けてユリヤを睨んでみるが、こちらは怯える素振りもなく、にこにこと笑い返してくるだけだ。
なぜだろう、すっぴんと継母らしくないラフなドレスのせいかしらと考え、カリーナは次の作戦を立てる。
そうだわ! お弁当を一人占めしちゃえば……と思い付くが、今にも涎を垂らしそうな子どもたちに、そんな酷い仕打ちはできない。とりあえず一旦休戦して、お弁当を食べることにした。
カリーナは二人にお手拭きを渡しつつ、「マスタードは食べられる? どのサンドイッチが好きなの?」などと訊いては、ついつい世話を焼いてしまう。
そうだ、子どもと向かい合ってるからいけないのよ。そっぽを向けばいいんだわと、座ったまま身体の向きを変えようとするが、嫌なくしゃみの音にハッと振り返った。
予感的中。炸裂した鼻水爆弾で、ユリヤの顔は悲惨なことになっていた。
(うえええぇ! ばっちい!)
乳母を呼ぼうとするが、人払いしていたことを思い出す。カリーナは心の中でぶーぶー文句を言いながらも、ハンカチで素早く処理していった。
顔だけでなく、鼻水を受け止めてしまったユリヤの手も、お手拭きで丁寧に拭く。サンドイッチを手に取る前でよかった~最小限の被害で済んだわと、カリーナは胸を撫で下ろしていた。
元通りの愛らしい顔で、「ありがとう」とお礼を言うユリヤに、カリーナは不覚にもきゅんとしてしまう。
(かっ、顔のせいよ! この子たち……というかこの一家、無駄に美形揃いなんだから!)
ふわふわの銀髪に、水色の円らな瞳を持つユリヤ。
サラサラの銀髪に、真っ青なアーモンドアイのマルフェン。
ユリヤも叔父のリュシアンにどことなく似ているが、特にマルフェンは瞳の色以外の顔の造形が、リュシアンと瓜二つだ。
マルフェンの実の父である亡き前公爵と、その弟のリュシアンは確か双子だと聞いている。だからよく似ているのだろうと、カリーナは勝手に想像していた。
こんなふうに可愛ければ、自分も父に愛されただろうかと考えるが、魔女みたいなこの容姿で生まれてしまった以上、考えても虚しいだけだと首を振る。
小さく柔らかなユリヤの手に、玉子のサンドイッチをそっと握らせ、「召し上がれ」と笑ってみた。
そっぽを向いたら何を仕出かすかわからない。カリーナは諦めて子どもたちと向かい合うことにした。
ソースの付いた口を拭いてやったり、喉に詰まらせないようにナイフで葡萄を半分に切ってやったり。マルフェンにも「マルちゃんもどうじょ。噛みにくいでちょ?」と切った葡萄を差し出せば、ふんと頬を膨らませながらも素直に受け取った。
子どもたちのせいで慌ただしくはあるが、青空の下で食べる公爵家のシェフ特製サンドイッチは美味しい。
お腹がいっぱいになり、敷物の周りでキャッキャと遊び出す子どもたちを見ながら、カリーナはぽかぽかした気持ちに包まれていた。
ダメよ、虐めなきゃと思うのに、温かなそよ風に吹かれているうちに、何だか面倒になってくる。うとうとしかけた瞼は、手を繋いでどこかへ走り出そうとする子どもたちの姿を捉え、くわっと開いた。
「マル! どこ行くの!?」
「湖!」
「子どもたちだけで水辺に行っちゃダメよ! 護衛兵……」
と呼び掛けて、またもや人払いしていたことを思い出す。カリーナはやれやれと立ち上がり、厄介な子どもたちの元へ向かった。
日差しを反射してキラキラと輝く湖のほとりで、子どもたちは遊び始める。
魚がいるかと身を乗り出して水面を覗いたり、手を突っ込んでかき回したりと危険なことばかりしてくれるものだから、カリーナは気が気ではない。
広大な公爵家の敷地には、湖だけでなく森まである。要所要所に兵は配置されているとはいえ、子どもは思いもよらぬ行動をする生き物。少し油断しただけで、簡単に遭難してしまいそうだ。
やんごとなきお子さま方に万一何かあったら……と、考えるだけでゾッとする。カリーナは今さらながら、人払いしたことを後悔していた。
一瞬たりとも気が抜けなかった保育園のお散歩タイムを心に留めつつ、責任を持って二人の行動に目を光らせていた。
危険を回避するだけでなく、子どもたちを楽しませてしまうのも、保育士の悲しい習性。
笹に似た葉で船を作って水面に浮かべたり、水切りを教えたりしているうちに、子どもたちの表情がどんどん輝いていく。気付けばカリーナも夢中で遊んでいた。
仕立て屋と宝石商が屋敷に到着したと侍女が呼びに来て、ようやくピクニックはお開きになった。
朝一で依頼して、その日の午後にはもう業者が来てしまう公爵家の力に、カリーナはおののいていた。
マルフェンは午後の勉強があるため名残惜しそうに自分の部屋へ戻っていったが、特に予定のないユリヤはカリーナの傍から離れない。
「まあ、ユリヤお嬢様はお義母様のことが大好きなのですね」と目尻を拭う乳母に、カリーナはゾッとする。
ギュッと繋いでくる小さな手を振り払う気力もなく、ユリヤとともに仕立て屋たちが待つ部屋へ向かった。
(まあいいわ。黒、紫、赤のおどろおどろしい布地や、ハロウィンみたいに悪趣味な宝石で、このばっちい子どもを怯えさせてやりましょ)
カリーナは汗を掻いたユリヤに水を飲ませたり、自分の膝を枕に差し出してお昼寝させたりしながら、継母らしいドレスを大量に注文していく。
遊び疲れたのか、仕立て屋たちが帰り支度を始める頃になっても、ユリヤはまだ起きる気配がない。ぽかんと開いた小さな口からは、涎がつうと垂れてカリーナのスカートを汚している。カリーナは「困ったお姫様ね」と眉を下げ、温かい身体を優しく抱き上げた。
◆
それから一週間が過ぎ、続々と届き始めた継母らしいドレスやアクセサリーを身に着けてみるが、ユリヤは変わらずカリーナにベッタリだった。
黒髪を角のように高く結い上げ、紫のアイシャドウと真っ赤な口紅で脅かしてみても、「きれい」と言われてしまう始末だ。マナーレッスンや習い事の時間以外は、ユリヤは毎日カリーナの部屋を訪れ、楽しそうに過ごしていた。
一方マルフェンは、黒くて赤くて紫な継母に顔をしかめつつも、「ユリヤが心配だから」と言っては、ちょくちょくカリーナの部屋を訪れていた。相変わらず生意気ではあるが、カリーナの前では、歯のない口を大きく開いて子どもらしく笑うようになっていった。
そうしていつの間にか、二人ともおやつは必ずカリーナの部屋で食べるようになってしまった。
これ以上、どこをどうしたら悪い継母になれるのか、どうしたら子どもたちが離れてくれるのかとカリーナは悩む。
そうだ、もっと白粉を濃くしてみましょと厚めに塗っていたある朝、侍女が青い顔で部屋に飛び込んできた。
「奥様! 大変です! お嬢様とお坊ちゃまが湖に落ちて……」




