第15話
数日後。
明紅は後宮の奥にある廟へ朱亮と共に来ていた。
もちろん、皇太子に会うためである。
皇太子は待つこともなくすぐに訪れた。
「今日は部下も連れてきたんだ」
「朱紅亮と申します」と朱亮が礼儀正しく頭を下げる。皇太子もまた頭を下げ、名を名乗った。
「一つ質問なのだが、殿下。あなたが見た化け物はどんな姿だったのだ?」
その質問に皇太子は目を見開き、そして俯く。その顔を見ていると次第に顔が青ざめていくのが見て取れた。
「あれは……説明もしたくない」
「では、見たものを共有させてくれないか? 触れるだけで終わる」
皇太子はうなずいた。
明紅はこの青年に通用しないのではないかと思っていた。
なぜなら未来も全く読み取れない、なにを考えているのかも読み取れないからだ。
神通力では心を読み取ることも、未来を見ることもやろうと思えば簡単にできるのだ。それなのに彼は通じなかった。
もしできないのであれば、清陽に会わせるか、正体の分からないまま化け物を殺すかのどちらかである。
皇太子に向かって手を差し出した。
その手に皇太子が触れる。
手を握ると、目を閉じた。神経の使うことではあるが、意識を集中させて皇太子の視界を得ることに成功する。
そして、彼の記憶へと潜り込んだ。
色目を使う後宮の妃たち。
そして、畏敬の目を向ける官吏たち。
それよりもずっと前だ。
二年前。
意識を遡っていると、布団の中で咳き込む皇太子の視界にまでたどり着いた。
その皇太子の前で一人の男が心配そうに見つめている。
「大丈夫か?」
「はい、叔父さま、うつってしまいますよ」
「構わない」
これは叔父だ。
叔父ということは、これは以前話していた事件のことだ。
「ああ、君も来ていたのか」
その声と共に、二人の空気が張り詰める。
叔父が皇太子に向かって目でなにかを伝えた。その瞬間、布団が視界を覆い隠す。
鞘が抜ける音、そして、うめき声をかき消す破裂するような音──。
ゆっくりと、布団を顔から下げる。
目の前にあったのは、上半身が跡形もなく消え、骨盤から上が消えた人間だったものの姿だった。
その先の人間を見た。
確かに、人間ではなかった。
口から大きくはみ出すほどの牙。
そしてだらん、と垂れた舌。
大きな目と、あまりにも小さな黒目は、一つの目の中に黒目が二つあり、あまりにも奇妙で恐ろしい姿をしていた。
顔だけではなく、腕は四本あり、大きな胴体、細い足はバランスが悪い。
皇太子だけではない。明紅すら息をするのを忘れていた。
「兄さん!!」
頭の中で響いた声で、明紅は意識を取り戻した。
目を開け、目の前に皇太子がいることを確認し、その場にしゃがみこむ。
「あれは……なんなんだ……」
「なにを見たのですか?」と朱亮が聞く。
「あれは化け物だ。見たことがない。妖怪でも鬼でもない」
「では……」
明紅は頭に焼き付いてしまったあの化け物の姿に吐き気がした。
見てはいけないものを見た。
あれは人間ではないし、こちら側のものでもない。あれは存在してはいけないものだ。
あれは殺せるような存在ではない。しかし、殺さなくてはいけないような存在でもあった。
「殺すことは難しいかもしれない」
「……そうですか」と皇太子が呟く。
すると、朱亮が言った。
「殺せるものではないのだとしたら、皇太子が大勢の目の前で殺せばいいのではないでしょうか。もちろん、皇太子自身がやらなくてもいい。兄さんが皇太子も皮を被ってやるんです」
その提案に、明紅と皇太子は顔を見合わせた。
「やれますか」
「ああ」
「朝議は明日、朝一番に行われます。僕も出る予定です」
「ここで入れ替わろう」
「はい」
皇太子は頷く。そこで朱亮が皇太子に向かって聞いた。
「あなたは実父を殺した後、皇帝の座につくつもりなのですか?」
「いいえ。皇帝にはなりません。皇位継承権を持つものはまだたくさんいますから」
皇太子はにこりと笑った。
その皇太子が企みを持っているなど、そのときは知る由もなかった。




