第九十五話 王宮からの贈り物
社交界の夜から三日。
あれほど慌ただしかった出来事が嘘のように、公爵邸にはいつもの時間が流れていた。
リリアーナは自室の窓辺に腰掛け、一冊の本を開いていた。
けれど、視線は文字を追っているようで、どこか上の空だった。
手の包帯は、あの日より少しだけ小さくなっている。
傷は順調に治っていると侍医も話していた。
それでも、ときどき傷口が疼くたび、あの夜の出来事が脳裏によみがえった。
コンコン。
控えめなノックが部屋に響く。
「お嬢様。」
「どうぞ。」
扉を開けたのはオーウェンだった。
「王宮より使者がお見えになっております。」
「王宮から……?」
「はい。お見舞いのお品をお届けに来られました。」
思いがけない知らせに、リリアーナはゆっくりと立ち上がる。
「すぐに参ります。」
応接室へ入ると、王宮の紋章が入った箱が丁寧に並べられていた。
使者が恭しく一礼する。
「アルディス公爵令嬢リリアーナ様。王妃殿下より、お見舞いの品をお預かりしております。」
「王妃殿下から……。」
箱の中には、美しく包まれた焼き菓子や、香り高いハーブティーが入っていた。
どれも心のこもった贈り物ばかりだった。
「そして、こちらをエリアス殿下より。」
一通の封筒が差し出される。
見慣れた端正な文字で、自分の名前が綴られていた。
リリアーナは胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じながら、その封筒を受け取った。
「確かに、お預かりいたしました。」
使者が帰ると、リリアーナは自室へ戻る。
椅子に腰を下ろし、そっと封を開いた。
リリアーナへ
手の具合はいかがですか。
傷が少しでも早く癒えることを願っています。
あの日のことは、今は無理に思い出さなくても大丈夫です。
焦らず、ゆっくり休んでください。
学園で、またいつもの笑顔の君に会える日を楽しみにしています。
エリアスより
読み終えたリリアーナは、自然と微笑んでいた。
「あの日のことは、今は無理に思い出さなくても大丈夫……。」
まるで隣で話しかけられているような、優しい言葉。
心が温かくなる
あんなに重たかった心がふっと軽くなる。
「……ありがとうございます。」
小さく呟き、手紙を丁寧に封筒へ戻す。
机の引き出しを開け、一番大切なものをしまっている場所へ、そっと納めた。
窓の外では、夏を知らせる風が庭木を揺らしている。
リリアーナは窓辺へ歩み寄り、青く澄んだ空を見上げた。
「また、お会いできますね。」
その言葉は風に乗り、穏やかな空へと溶けていく。
その表情には、社交界の夜にはなかった小さな笑顔が浮かんでいた。




