第八十五話 重なる景色
王宮の大扉をくぐった瞬間――。
眩い光がリリアーナたちを包み込んだ。
幾重にも連なるシャンデリアは、まるで星空を閉じ込めたように煌めき、磨き上げられた大理石の床へその光を映し出している。
優雅な弦楽器の音色が会場を満たし、華やかなドレスが音楽に合わせてゆるやかに揺れていた。
「……。」
リリアーナは思わず息をのむ。
(この景色……。)
見覚えがあった。
忘れられるはずがない。
前世で何度も画面越しに見てきた、ゲーム『運命の欠片』の社交界デビュー。
昨夜見た夢と、一寸違わぬ光景。
胸の鼓動が少しずつ速くなる。
「リリアーナ?」
隣を歩くエリアスが心配そうに声を掛けた。
「どうかした?」
「……いえ。」
リリアーナは慌てて笑みを浮かべる。
「王宮の夜会は初めてなので……少し緊張してしまって。」
「そうか。」
エリアスは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。今日は僕も一緒だから。」
その一言だけで、不思議と肩の力が少し抜ける。
「ありがとうございます。」
リリアーナも小さく微笑み返した。
会場では、あちらこちらで貴族たちが談笑し、デビューを迎えた令嬢や令息たちが緊張した面持ちで挨拶を交わしている。
どこを見ても、平和な夜会だった。
なのに――。
(違う。)
リリアーナだけが知っている。
この穏やかな時間の先に待つ出来事を。
無意識に視線が会場をさまよう。
そして、一人の少女が目に入った。
淡い空色のドレス。
柔らかな金色の髪。
穏やかに微笑みながら周囲と言葉を交わしている少女。
「オリヴィア様……。」
小さく漏れたその名前に、自分でもはっとする。
ゲームと同じ。
あまりにも、同じだった。
リリアーナは胸元を押さえ、小さく息を吸う。
(落ち着いて。)
(私は、あのリリアーナじゃない。)
(絶対に、同じことはしない。)
そう心の中で繰り返した、その時だった。
耳の奥で――
【デテイケ】
低く、冷たい声が響く。
「……っ!」
リリアーナの肩がびくりと震えた。
今まで何度も聞いてきた、あの声。
ゲームが、悪役令嬢へ命じる声。
(始まった……。)
リリアーナはぎゅっと拳を握り締める。
負けない。
私は、この声には従わない。
そう強く誓いながら、一歩、また一歩と会場の奥へ歩みを進めた。




