第八十四話 扉の向こうへ
王宮へ到着すると、次々と貴族たちの馬車が門をくぐっていく。
夕闇がゆっくりと空を包み始める頃、王宮には無数の灯りがともり、その壮麗な姿をより一層美しく浮かび上がらせていた。
華やかなドレスを纏った令嬢たち。
凛々しい礼装に身を包んだ令息たち。
誰もが社交界デビューという特別な一日に胸を躍らせ、期待に満ちた表情を浮かべている。
リリアーナは父の手を借りて馬車を降りる。
アルディス公爵家の到着に気付いた周囲の貴族たちが、静かに一礼した。
王宮正面では、王族や重臣たちが招待客を迎えている。
その中で、一際目を引く一人の青年がいた。
黒の礼装に身を包み、凛とした佇まいで招待客へ穏やかに挨拶を交わしている。
エリアスだった。
ふと視線を上げたエリアスは、アルディス公爵家の一行を見つける。
そして、その隣に立つリリアーナの姿を目にした瞬間――小さく息をのんだ。
白を基調としたドレス。
胸元から裾へ流れる淡い紫の刺繍。
美しく結い上げられたダークプラムの髪。
優雅に微笑むその姿は、夜の始まりを告げる一輪の花のように気高く、美しかった。
思わず見惚れ、言葉を失う。
「……綺麗だ。」
気付けば、本音が口をついていた。
「えっ……。」
リリアーナは少し頬を染め、はにかむように微笑む。
「あ、ありがとうございます。」
その笑顔に、エリアスも自然と頬を緩めた。
「エリアス様も、とても素敵です。」
その言葉に、エリアスは少し照れたように笑う。
「ありがとう。」
リリアーナはふと、エリアスの礼装へ視線を向けた。
「あら……。」
黒い礼装の胸元には、淡い紫の刺繍。
胸ポケットには、同じ色のポケットチーフが添えられている。
「この刺繍……。」
自分のドレスへ視線を移し、にこりと笑った。
「色が同じですね。」
エリアスは一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「そうだね。」
「偶然だね。」
「ふふっ。」
リリアーナは嬉しそうに笑う。
「こんな偶然もあるんですね。」
その無邪気な笑顔に、エリアスは思わず苦笑した。
――言えるわけがない。
この刺繍は、リリアーナのドレスに合わせて選んだ色だ。
夜会で隣に立った時、少しでも彼女に寄り添えたら。
そんな想いを込めて仕立ててもらったことなど、恥ずかしくて口にできるはずがなかった。
「それでは、参りましょう。」
エリアスはそう言って、リリアーナへ右腕を差し出す。
「はい。」
リリアーナは嬉しそうに微笑み、その腕へそっと手を添えた。
二人が並んで歩き出すと、周囲の視線が自然と集まる。
「お似合いですわね。」
「まるで絵画のようだ。」
そんな囁きが、あちらこちらから聞こえてきた。
エリアスは照れたように笑い、リリアーナは少し恥ずかしそうに微笑む。
やがて二人は、王宮の大扉の前で足を止めた。
重厚な扉がゆっくりと開かれていく。
眩いシャンデリアの輝き。
華やかに響く音楽。
煌びやかな社交界の世界が、その先に広がっていた。
二人は顔を見合わせ、小さく微笑み合う。
そして、一歩を踏み出した。
――社交界デビューの幕が、静かに上がる。




