第八十二話 悪夢の幕開け
「っ……!」
リリアーナは勢いよく身体を起こした。
「はぁ……はぁ……。」
乱れた呼吸が静かな部屋に響く。
胸は苦しいほど高鳴り、額にはじんわりと汗が滲んでいた。
震える手で胸元を押さえ、大きく息を吸う。
「……夢。」
そう呟いたものの、胸の奥に残る感覚はあまりにも鮮明だった。
赤く染まる空色のドレス。
静まり返る会場。
泣きながら走り去るオリヴィア。
そして――。
『エリアス殿下のお隣に立つのは、あなたではありません。……私です。』
自分の口から放たれた、あまりにも冷たい言葉。
「違う……。」
リリアーナは小さく首を振る。
「あれは、私じゃない。」
前世で何度も見てきたゲーム『運命の欠片』。
悪役令嬢リリアーナが破滅への第一歩を踏み出した、社交界デビューの日。
今日、その日が現実になる。
そう思うだけで、指先が小さく震えた。
「大丈夫……。」
自分に言い聞かせるように呟く。
「私は、あのリリアーナじゃない。」
どれほど運命が私を悪役令嬢にしようとしても。
誰かを傷つけるために、この世界へ生まれ変わったわけじゃない。
私は私の意思で選ぶ。
必ず、この運命を変えてみせる。
そう強く心に誓った、その時――。
コンコン。
部屋の扉が静かに叩かれた。
「リリアーナ様。お目覚めでしょうか。」
クララの優しい声が、扉の向こうから聞こえてくる。
「はい、起きています。」
少しだけ深呼吸をしてから返事をすると、リリアーナはゆっくりとベッドから足を下ろした。
今日は――社交界デビューの日。
運命との戦いが、いよいよ始まる。




