第八十一話 ゲーム『運命の欠片』 社交界デビューイベント――
夜会の幕開けを告げる音楽が、華やかに響き渡る。
幾つものシャンデリアが眩い光を放ち、煌びやかな会場を照らしていた。
色鮮やかなドレスを纏った令嬢たち。
格式高い礼装に身を包む貴族たち。
誰もが笑顔で言葉を交わし、この国で最も華やかな夜を楽しんでいる。
会場の扉が開いた。
兄ルシアンにエスコートされた悪役令嬢リリアーナが、堂々と姿を現す。
気品ある立ち居振る舞い。
美しく結い上げられた紫色の髪。
未来の王太子妃にふさわしい、その姿に周囲から感嘆の声が漏れた。
リリアーナは優雅に微笑みながら会場を見渡す。
そして――
その笑みが凍りついた。
視線の先。
そこには、空色のドレスを纏った一人の少女。
オリヴィア。
そして、その隣には。
リリアーナの婚約者であるエリアスが立っていた。
二人は穏やかに微笑み合い、まるで以前からそうしてきたかのように自然な空気を纏っている。
少し離れた場所では、セドリックが優しく二人へ声を掛ける。
フィンは楽しそうに笑い、ヴィンセントも静かにその輪へ加わっていた。
その光景は、最近では珍しいものではなかった。
学園でも。
お茶会でも。
気が付けばオリヴィアの周りには攻略対象たちが集まり、皆が彼女へ笑顔を向けている。
それでも。
今日だけは違った。
エリアスがオリヴィアへ右手を差し出す。
「行こう。」
その一言に、オリヴィアは少し頬を染めながら微笑み、小さく頷いた。
「はい。」
重ねられる手。
二人はゆっくりと会場の中央へ歩き出す。
その姿を見つめるリリアーナの胸が、大きく波打った。
(どうして……。)
婚約者は私。
エリアス殿下のお隣に立つのは、この私のはず。
それなのに。
どうして、あの娘なの。
どうして誰も、おかしいと言わないの。
どうして皆、祝福するように笑っているの。
胸の奥で、嫉妬と孤独が渦を巻く。
その感情は、ゆっくりと心を蝕んでいった。
一曲目が終わる。
エリアスは国王へ呼ばれ、その場を離れた。
一人残されたオリヴィアは、ほっとしたように小さく息をつく。
リリアーナは静かに歩き出した。
「あら、オリヴィア様。」
優しく微笑みながら声を掛ける。
オリヴィアは嬉しそうに振り返った。
「リリアーナ様。」
「今日はずいぶん素敵なドレスですこと。」
「ありがとうございます。」
オリヴィアは照れくさそうにドレスの裾へ視線を落とす。
「実は……エリアス様が選んでくださったんです。」
その一言だった。
リリアーナの笑みが、静かに消える。
「……そう。」
俯いた視線の先。
手にしたグラスの中で、赤ワインがゆらりと揺れた。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと。
リリアーナはグラスを持ち上げる。
「リリアーナ様……?」
不思議そうに首を傾げるオリヴィア。
次の瞬間――
バシャッ――。
鮮やかな赤が宙を舞う。
空色のドレスは、一瞬で赤く染まった。
静まり返る会場。
誰もが息を呑む。
リリアーナはオリヴィアを見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「あら、ごめんあそばせ。手が滑ってしまいましたわ。」
震えるオリヴィアを見下ろしながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「そんなお姿では、エリアス殿下のお隣に立つこともできませんわね。」
「……え?」
「あなた、ご存じなのかしら。」
その瞳には、怒りとも悲しみともつかない感情が宿っていた。
「エリアス殿下の婚約者は、この私です。殿下のお隣に立つのは、あなたではありません。」
もう一歩オリヴィアへ歩む。
「私です。」
そして冷たくそう言った
オリヴィアの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ご、ごめんなさい……。」
泣きながら会場を駆け去るオリヴィア。
その背中を見送りながら、リリアーナは静かに笑っていた。
その日を境に。
悪役令嬢リリアーナの運命は、静かに破滅へと向かい始める。




