第七十九話 兄の役目
兄の話
「リリアーナ。」
朝食の席で、ルシアンが真剣な面持ちで口を開いた。
「はい、お兄様。」
「もうすぐ春の夜会だね。」
「そうですね。」
学園へ入学してから初めて迎える社交界。
学園で親しくなった皆とも会うことになるだろう。
少しだけ胸が高鳴る。
「安心して。」
「……はい?」
「私がエスコートする。」
「え?」
リリアーナは思わず目を丸くした。
「お兄様が、ですか?」
「当然だ。」
ルシアンは大きく頷く。
「可愛い妹を一人で歩かせる兄がどこにいる。」
「ですが、お兄様もお立場がありますし……。」
「問題ない。」
「問題あるだろう。」
静かに公爵が口を挟んだ。
ルシアンが振り返る。
「父上。」
「お前は当日、仕事がある。」
「しかし――」
公爵は落ち着いた様子で紅茶を口に運び、それから淡々と言った。
「リリアーナのエスコートは、王太子殿下から正式にお申し出をいただいている。」
「…………。」
ルシアンの動きが止まる。
「…………聞いておりません。」
小さく呟いた、その次の瞬間。
「聞いておりません!!」
食堂に声が響いた。
リリアーナは思わず肩を震わせる。
「父上! なぜ今まで!」
「今、話した。」
「そういう意味ではありません!」
「正式なお申し出だった。」
「それは承知しております!」
ルシアンは頭を抱えた。
「殿下が婚約者でいらっしゃることも承知しております!」
「うむ。」
「ですが、それとこれとは話が別です!」
公爵は一拍置いて答える。
「別なのか。」
「別です!」
迷いのない返事だった。
リリアーナは堪えきれず、小さく笑ってしまう。
「ふふっ。」
「リリィ。」
ルシアンは真剣な顔で妹を見る。
「笑い事ではないよ。」
「ごめんなさい。」
「私は兄として真剣に心配しているんだ。」
その言葉に、リリアーナは困ったように微笑んだ。
「ありがとうございます、お兄様。」
「ですが、大丈夫ですよ。」
「何が大丈夫なんだ。」
「エリアス殿下ですもの。」
「だから困っている。」
即答だった。
「殿下を信用していないわけではない。」
「はい。」
「だが、妹を殿下にエスコートされる兄の気持ちも分かってほしい。」
そのあまりにも真剣な表情に、リリアーナはまた笑ってしまう。
公爵はそんな兄妹を眺めながら、小さく口元を緩めた。
「ルシアン。」
「はい。」
「諦めろ。」
「……努力はします。」
そう答えながらも、その表情はまったく諦めていなかった。




