第七十八話 知ると言う事【後編】
ヴィンセントのお話 後編
ヴィンセントは中庭のベンチに腰を下ろし、本を開いていた。
だが、文字はほとんど頭に入ってこない。
昨日から、ずっと考えていた。
(私は、人を知ることが好きです。)
だから質問をする。
好きな食べ物。
趣味。
休日の過ごし方。
そうして、その人を理解しているつもりだった。
しかし――。
(リリアーナ嬢だけは違いました。)
答えは聞ける。
だが、知りたいことには届かない。
そんなことを考えていると、聞き慣れた声がした。
「ヴィンセント様。」
顔を上げると、リリアーナが穏やかに微笑んでいた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
短い挨拶を交わす。
昨日までの私なら、すぐに質問をしていただろう。
今日は違った。
「……今日は、どのような一日でしたか。」
リリアーナは少しだけ目を丸くした。
「今日は、オリヴィア様とお話をしていました。」
「楽しかったですか。」
「はい。新しいお菓子のお店のお話を聞いたんです。」
楽しそうに話すリリアーナを見ながら、私は相槌を打つ。
今日は、質問を重ねない。
話を遮らない。
ただ耳を傾ける。
すると気付く。
リリアーナは、自分の話をほとんどしない。
友人のこと。
先生のこと。
学園のこと。
話題はいつも誰かのことだった。
(そういう方なのですね。)
自分のことより、周囲を大切にする。
だからこそ、もし何かを抱えていても、自分から口にすることはないのだろう。
そのとき、リリアーナがふっと笑った。
「今日は、ヴィンセント様から質問が少ないですね。」
「……そうでしょうか。」
「少しだけ、寂しい気もします。」
思わず目を見開く。
そんなふうに思われていたとは、考えもしなかった。
「ですが。」
リリアーナは柔らかく続けた。
「今日は、私の話を聞いてくださっている気がします。」
その一言に、胸が静かに温かくなった。
(聞くことも……。)
(知るということなのですね。)
やがて別れの時間が来る。
「それでは、また。」
「はい。またお会いしましょう。」
去っていく小柄な背中を見送りながら、私は心の中でそっと誓った。
(私は、まだリリアーナ嬢を理解できてはいません。)
(ですが、焦る必要はないのでしょう。)
(いつか、リリアーナ嬢が話したいと思ってくださる日まで。)
(私は、友人として、その隣にいたい。)




