第七話 小さな約束【前編】
春の暖かな陽射しが、アルディス公爵家の庭を優しく照らしていた。
窓から差し込む光を浴びながら、私は一冊の本を静かに閉じる。
本の間には、小さく押し花にした花びらが大切に挟まれていた。
あの日、エリアス殿下からいただいた花冠。
時が経って花びらは少し色を変えたけれど、私にとっては今でも大切な宝物だった。
「リリアーナ。」
聞き慣れた優しい声に顔を上げる。
「はい、お母様。」
お母様は一通の封筒を手に、穏やかに微笑まれていた。
「王宮からお手紙が届いたわ。」
「王宮から……?」
私は少しだけ目を丸くする。
お母様は封を開き、中の便箋へ目を通された。
そして、優しく微笑まれる。
「王妃様からよ。」
「また遊びにいらっしゃい、と。」
その言葉に、思わず胸が弾んだ。
「本当ですか?」
「ええ。」
「エリアス殿下も、またお会いしたいとおっしゃっているそうよ。」
その一言だけで、自然と笑みがこぼれる。
「あの日、とても楽しかったものね。」
お母様は嬉しそうに頷かれた。
「あなたが帰ってきてから、毎日のように花冠を眺めていたもの。」
少し照れくさくなり、私は頬を染める。
「……大切な思い出ですから。」
お母様はそんな私を見つめ、優しく目を細められた。
「きっとエリアス殿下も、同じお気持ちなのでしょうね。」
私はそっと花びらに触れる。
胸の奥が、ほんのりと温かくなった。
* * *
数日後――。
王宮では、朝からどこか落ち着かない様子の小さな王子がいた。
「母上。」
「まだ?」
廊下を行ったり来たりしながら、エリアス殿下は何度目かの問いかけをしていた。
王妃様は紅茶を口に運びながら、くすりと笑われる。
「まだよ。」
「でも、もうすぐいらっしゃるわ。」
「本当?」
ぱっと表情が明るくなる。
その様子に、王妃様は思わず微笑まれた。
「そんなに楽しみなの?」
エリアス殿下は少し照れたように笑う。
「……はい。」
「今日は、前よりたくさんお話ししたいんだ。」
「きっとリリアーナも、そう思ってくださっているわ。」
王妃様がそうおっしゃると、エリアス殿下は嬉しそうに頷いた。
その時――。
コンコン。
侍従が扉を叩く。
「王妃殿下。」
「アルディス公爵ご一家が、ご到着されました。」
その言葉を聞いた瞬間、エリアス殿下の青い瞳がぱっと輝いた。
「本当!?」
嬉しそうな声に、王妃様は思わずくすりと笑われる。
「ええ。本当よ。」
「でも、お迎えする前に身だしなみを整えなくてはね。」
「はい!」
元気よく返事をすると、エリアス殿下は侍女に髪を整えてもらい、衣装の襟元を何度も気にしていた。
その様子があまりにも微笑ましく、王妃様は優しく目を細められる。
「そんなに楽しみにしていたのね。」
「……はい。」
少し照れたように笑うエリアス殿下。
「今日は、前よりたくさんお話ししたいんだ。」
「また一緒にお庭を歩きたい。」
王妃様は優しく頷かれた。
「きっと今日も、素敵な一日になるわ。」
* * *
アルディス公爵家の馬車は、ゆっくりと王宮へ到着した。
侍従の案内を受け、応接室へ向かう。
そこでは国王陛下と王妃様が、穏やかな笑みを浮かべて待っておられた。
「ようこそ、お越しくださいました。」
「本日もお招きいただき、ありがとうございます。」
お父様とお母様が丁寧に挨拶を交わす。
私も一歩前へ進み、静かに一礼した。
「リリアーナ・フォン・アルディスでございます。本日もお目にかかることができ、大変光栄です。」
その時だった。
応接室の扉が勢いよく開いた。
「リリアーナ!」
元気な声が部屋いっぱいに響く。
そこには、満面の笑みを浮かべたエリアス殿下が立っていた。
「あ……。」
嬉しそうな表情のまま駆け出そうとして――
「エリアス。」
国王陛下が穏やかに声をかけられる。
「……はっ。」
エリアス殿下は足を止めると、少しだけ頬を赤くした。
「申し訳ありません。」
そう言って姿勢を正し、改めて私の前まで歩いて来られる。
そして、にこりと微笑んだ。
「リリアーナ。」
「また会えて、とっても嬉しい。」
私も自然と笑みがこぼれる。
「私もです。」
「またお会いできて、とても嬉しく思います。」
その言葉を聞いたエリアス殿下は、ほっとしたように笑った。
王妃様はそんな二人を見つめながら、小さく微笑まれる。
「今日は、前よりもっと仲良くなれそうね。」




