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第六話 はじまりの出会い【後編】



白い蝶は、花から花へと軽やかに舞っていく。


「待って!」


エリアス殿下は小さな手を伸ばし、一生懸命に追いかける。


けれど蝶は、ふわりと身をかわし、また少し先へ飛んでいった。


「あぁ……。」


残念そうに肩を落とす姿に、思わず笑みがこぼれる。


「エリアス殿下。蝶々も、お散歩を楽しんでいるのかもしれません。」


そう言うと、エリアス殿下はきょとんと目を丸くした。


「お散歩?」


「はい。」


私は蝶を目で追いながら、小さく微笑む。


「きっと、お花たちに『こんにちは』をしに来たのでしょう。」


エリアス殿下は蝶を見上げる。


「そうなのかな。」


「私は、そう思います。」


しばらく二人で蝶を眺めていると、蝶は一輪の白い花へふわりと舞い降りた。


「本当だ。」


エリアス殿下は嬉しそうに笑う。


「こんにちはって言ってるみたい。」


「ですよね!」


春風が吹き抜ける。


蝶は再び羽を広げ、青い空へ飛び立っていった。


「……きれい。」


その言葉は、私とエリアス殿下、ほとんど同時だった。


一瞬だけ顔を見合わせる。


そして、どちらからともなく笑い合った。


「リリアーナ。」


「はい」


エリアス殿下は何かを思いついたように目を輝かせると、「少し待っていて」と言い残し、花壇の方へ駆けていった。


私はその後ろ姿を見送りながら、小首をかしげる。


花壇の前にしゃがみ込んだエリアス殿下は、小さな手で一本ずつ花を摘み始めた。


白い花。


桃色の花。


黄色い花。


時折首をかしげながら、真剣な表情で花を選んでいる。


(何をなさっているのかしら……。)


私は邪魔をしないよう、少し離れた場所からそっと見守った。


やがて、エリアス殿下が嬉しそうに立ち上がった。





「できた!」


満面の笑みで駆け寄ってくる。


その手には、小さな花冠があった。





白や桃色、黄色の花を丁寧に編み込んだ、少しだけ歪な花冠。


「母上が教えてくださったんだ。」


少し照れくさそうに笑う。


「上手にできたか分からないけど……。」


そう言って、大切そうに両手で私へ差し出した。


私は思わず目を丸くする。


「私に……ですか?」


エリアス殿下は、照れながらも嬉しそうに頷いた。






「もしよろしければ……。」


私はエリアス殿下を見つめた。


「つけても、よろしいでしょうか。」



まるで王子様がお姫様に冠を渡す様に

膝をつくエリアス



「わ!エリアス殿下…あ、ありがとうございます」


リリアーナの焦った表情にエリアスは思わず笑みがこぼれる。


エリアスは花冠をそっとリリアーナの頭にのせた。


花びらが風に揺れ、甘い香りがふわりと漂う。


「……えっと。」


少し照れくさくなってしまい、小さく尋ねる。


「どうですか?」


エリアス殿下は一瞬きょとんとした。


そして次の瞬間、ぱっと顔を輝かせる。


「とっても似合うよ!」


迷いのないその言葉。


続けて、嬉しそうに笑う。


「本当に、お花のお姫様みたい!」


あまりにも真っ直ぐな言葉に、胸がどきりとした。


飾った言葉じゃない。


お世辞でもない。


心からそう思ってくれていることが、その笑顔だけで伝わってくる。


「……ありがとうございます。」


頬が少し熱くなるのを感じながら、私は小さく微笑んだ。


その笑顔を見て、エリアス殿下も照れたようにはにかむ。


春風が二人の間を優しく吹き抜け、花びらがふわりと舞い上がった。


その日、私が王宮で初めて手にした宝物は、王冠ではなく、小さな花冠だった。


花冠を大切に抱えながら歩いていると、小さな池が見えてきた。


水面には日差しが反射し、きらきらと輝いている。


「ここ、僕のお気に入りなんだ。」


エリアス殿下は池のほとりへ腰を下ろした。


私もその隣へ静かに腰掛ける。


池では小さな魚たちが気持ちよさそうに泳いでいた。


「毎日いらっしゃるのですか?」


そう尋ねると、エリアス殿下は嬉しそうに頷く。


「うん…」


そう答えかけて、はっと口を押さえた。


「あっ!……はい。」


思わず二人で顔を見合わせる。


「ふふっ。」


私が笑うと、エリアス殿下も照れくさそうに笑った。


「間違えちゃった。たまに『うん』って言っちゃうんだ。気を付けてるんだけど…」


エリアスは苦笑しながらそう言った



「でも、そのままのエリアス殿下も素敵ですよ。私の前では「うん」でも大丈夫です!」


そう伝えると、エリアス殿下は少し驚いたように私を見つめる。


そして、安心したように微笑んだ。


「ありがとう。」



✳✳✳✳✳✳✳

 


穏やかな時間は、あっという間に過ぎていった。


「リリアーナ。」


聞き慣れた優しい声に振り返る。


お母様が、私たちのもとへ歩いて来られた。


「そろそろ帰りましょう。」


「はい、お母様。」


私は立ち上がり、花冠を胸に抱く。


「今日は、ありがとうございました。」


そうお辞儀をすると、エリアス殿下も少し慌てながら頭を下げた。


「こちらこそ、ありがとう。」


少しだけ名残惜しそうな顔をしたあと、にこっと笑う。


「また来てね。」


その笑顔につられて、私も微笑んだ。


「はい。またお会いできる日を楽しみにしております。」


馬車へ乗り込む直前、私は一度だけ振り返る。


エリアス殿下は、庭園の入口で大きく手を振っていた。


私もそっと手を振り返す。


馬車がゆっくりと王宮を後にする。


私は膝の上の花冠にそっと触れた。


今日一日の出来事を思い返す。


蝶々。


花畑。


優しい笑顔。


そして、小さな花冠。


自然と笑みがこぼれた。


(今日は、本当に楽しかった。)


窓の外では、春の風が花びらを運んでいく。


私は花冠を大切に抱きしめながら、小さく目を閉じた。


この日の思い出が、これから先も色あせることなく、心の中で咲き続けることを、その時の私はまだ知らなかった。

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