第五話 はじまりの出会い【前編】
アルディス公爵家の馬車は、ゆっくりと王宮へ向かっていた。
窓の外には、春の日差しを浴びた街並みが流れていく。
私は膝の上でそっと両手を重ね、小さく息をついた。
「緊張しているの?」
向かいに座るお母様が、優しく微笑みながら尋ねられる。
「……はい。」
素直に答えると、お母様は私の髪をそっと整えてくださった。
「大丈夫よ。」
「王妃様はとてもお優しい方。それに、エリアス殿下も、きっと緊張していらっしゃるわ。」
「エリアス殿下も……ですか?」
「ええ。」
お母様は穏やかに頷かれる。
「今日が初めてですもの。」
その言葉に、胸の奥の張りつめていたものが少しだけ和らいだ。
そうだ。
緊張しているのは、私だけではない。
馬車はゆっくりと止まり、大きな門が開かれる。
白く美しい王城。
色鮮やかな花々が咲き誇る庭園。
思わず息をのむほど美しい景色だった。
侍従に案内され、応接室へ向かう。
そこでは国王陛下と王妃様が、穏やかな笑みを浮かべて待っておられた。
「ようこそ、お越しくださいました。」
王妃様の柔らかな声に、お母様も微笑み返される。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」
私も両親に続いて丁寧に一礼した。
「リリアーナ・アルディスでございます。本日はお目にかかることができ、大変光栄です。」
「まあ。」
王妃様は目を細められる。
「とても礼儀正しいお嬢さんね。」
その言葉に、少しだけ頬が熱くなった。
国王陛下はお父様へ視線を向けられる。
「公爵、少し執務室で話をしよう。」
「かしこまりました。」
お父様は国王陛下とともに部屋を後にされる。
王妃様はお母様へ優しく微笑まれた。
「私たちは温室でお茶でもいかが?」
「ぜひ、ご一緒させてください。」
お母様は私へ優しい眼差しを向けられる。
「リリアーナ。」
「はい、お母様。」
「肩の力を抜いて、楽しんでいらっしゃい。」
「はい。」
王妃様は侍女へ静かに声をかけられた。
「エリアスを呼んできてちょうだい。」
「かしこまりました。」
侍女が部屋を後にする。
私は小さく深呼吸をした。
(いよいよ……。)
ゲームの中で何度も見た王子様。
でも今日お会いするのは、まだ五歳の、一人の男の子。
しばらくすると、廊下から小さな足音が聞こえてきた。
トタトタトタ……。
扉が開く。
「母上、お呼びでしょうか?」
澄んだ声とともに現れたのは、小さな男の子だった。
陽の光を受けて輝く金色の髪。
空のように澄んだ青い瞳。
幼さの残る愛らしい顔立ち。
けれど、背筋をぴんと伸ばし、一生懸命に礼をする姿は、王子として大切に育てられてきたことが伝わってくる。
(この子が……。)
ゲームで見たエリアス王子は、もっと大人びていて、凛々しい青年だった。
でも目の前にいるのは、まだ五歳の小さな男の子。
(……この子が、あの王子様になるのね。)
王妃様は優しく微笑まれた。
「エリアス。こちらがアルディス公爵家のご息女、リリアーナよ。」
エリアス殿下は私の前まで歩み寄ると、丁寧に一礼された。
「初めまして。エリアス・ルクセインと申します。お会いできて、とても嬉しいです。」
私もスカートの裾を軽くつまみ、一礼する。
「初めまして。リリアーナ・フォン・アルディスと申します。本日は、お目にかかることができ、大変光栄です。」
顔を上げると、エリアス殿下がにこっと笑った。
その笑顔は、未来に見る王子様の笑顔とは違う。
あどけなくて、どこまでも優しかった。
「二人とも、とても立派にご挨拶ができたわね。」
王妃様は嬉しそうに微笑まれる。
「せっかくですもの。
お庭を歩いていらっしゃい。」
「はい。」
私たちは揃って返事をした。
王宮の庭園には、春風が優しく吹き抜けていた。
色とりどりの花が咲く小道を、私たちはゆっくりと歩き始める。
けれど、お互いに少し緊張していて、どちらからともなく黙ったままだった。
(何をお話しすればいいのかしら……。)
そんな時だった。
「あっ。」
エリアス殿下が小さく声を上げる。
一匹の白い蝶が、花から花へと軽やかに舞っていた。
「きれい……。」
私が思わず呟くと、エリアス殿下は嬉しそうに笑う。
「春になると、たくさん飛んでくるんだ。」
そう言って蝶を追いかけ始める姿は、王子様というより、一人の五歳の男の子だった。
私も思わず、その後を追いかけた。




