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第四話 守りたいもの



朝食を終えた私は、庭へ続く大きな窓の前に立っていた。


窓の向こうでは、庭師たちが花壇の手入れをしている。


穏やかな風が木々を揺らし、小鳥たちが楽しそうにさえずっていた。


「お嬢様。」


後ろから聞こえた落ち着いた声に振り返る。


そこには、銀色の髪をきちんと撫でつけた執事、オーウェンが立っていた。


「旦那様がお呼びでございます。」


「お父様が?」


「はい。書斎でお待ちです。」


私は小さく頷いた。


「分かりました。」


オーウェンは穏やかに一礼すると、静かに歩き出す。


「どうぞ、ご案内いたします。」


廊下を歩きながら、私はそっとオーウェンを見上げた。


幼い頃から変わることなくアルディス家を支え続ける執事。


ゲームでは、ほとんど描かれることのなかった存在。


それなのに今は、私のことを誰よりも気に掛けてくれている。


「お嬢様。」


「はい。」


「今日は、とても良いお顔をされています。」


思わず足を止めた。


「……そうでしょうか。」


「はい。」


オーウェンは優しく微笑む。


「皆様も安心なさることでしょう。」


その言葉だけで胸が温かくなる。


私は一人じゃない。


どれだけ未来が怖くても。


どれだけ運命に怯えても。


支えてくれる人がいる。


「ありがとう、オーウェン。」


オーウェンは少しだけ目を丸くしたあと、静かに笑った。


「そのお言葉だけで十分でございます、お嬢様。」


---




書斎の扉をノックすると、落ち着いた声が返ってきた。


「入りなさい。」


扉を開けると、お父様は書類から顔を上げ、ふっと表情を和らげた。


「リリアーナ。」


「お父様。」


「体調はどうだ?」


「もう大丈夫です。」


「そうか。」


その一言だけだった。


それでも、その声には安心した気持ちが滲んでいる。


「こちらへおいで。」


私は近づく。


すると、お父様は私を膝の上へそっと抱き上げた。


「まだ五歳なのだから、遠慮することはない。」


優しく頭を撫でられる。


その大きな手は温かく、不思議と心が落ち着いた。


「お前が笑っていてくれることが、私たちの幸せなんだ。」


胸が熱くなる。





ゲームの中では『アルディス公爵』。


それ以上でも、それ以下でもなかった。


でも目の前にいるのは違う。


私を愛してくれる、一人の父親だった。


「……お父様。」


私はそっと服を握る。


「大好きです。」


お父様は少し照れたように笑った。


「私もだよ、リリアーナ。」





---






書斎を出ると、優しい花の香りが漂ってきた。


「リリアーナ。」


「お母様。」


柔らかな笑みを浮かべたお母様が、小さな花籠を抱えて立っていた。


「今、お庭で摘んできたの。」


花籠には色とりどりの花が咲いている。


その中に白いユリを見つけた瞬間、胸が小さく痛んだ。


そんな私に気づいたお母様は、何も聞かなかった。


ただ静かにユリを花籠の奥へ戻し、代わりに淡い桃色の花を一本手に取る。


「これはね、一番最初に春を知らせてくれる花なの。」


そう言って、私の髪へそっと飾ってくれた。


「……似合うわ。」


「ありがとうございます、お母様。」


お母様は優しく私を抱きしめる。


「笑ってくれて、ありがとう。」


その一言だけで涙が出そうになった。


私は笑っただけなのに。


それだけで喜んでくれる人がいる。


私は、お母様の背中へそっと手を回した。






---


廊下を歩いていると、木剣がぶつかる音が聞こえてきた。


カンッ。


カンッ。


音のする方へ向かうと、中庭でルシアンお兄様が騎士と剣の稽古をしていた。


「一本!」


騎士の声が響く。


ルシアンお兄様が私に気づき、嬉しそうに笑う。


「リリー!」


「どうした?」


「お散歩です。」


「そうか。」


ルシアンお兄様は近づいてくる。


「見ていてくれたか?」


「はい。とても格好良かったです。」


その一言で、お兄様は少し照れたように笑った。


騎士がくすりと笑う。


「ルシアン様は、お嬢様に褒められると昔から弱いですな。」


「そ、それは言わなくていい。」


慌てるお兄様を見て、思わず笑みがこぼれた。


ゲームでは『悪役令嬢の兄』。


それだけの存在だった。


でも違う。


妹の一言で照れてしまう、優しいお兄様だった。


「リリー。」


お兄様は私の頭にぽんと手を乗せる。


「元気になってよかった。」


その温もりに微笑み返そうとした、その時だった。





胸の奥がざわつく。


「……っ。」





頭の奥が、ずきりと痛んだ。


王立学園。


卒業式。


断罪。


そして――アルディス公爵家。






映像は浮かぶのに、その先だけが霧に包まれている。


思い出せない。


それでも、一つだけ分かることがあった。




ゲームが始まる頃には、お兄様はもう、この屋敷にはいなかった。





「リリー?」


心配そうな声が聞こえる。


私は慌てて笑顔を作った。


「大丈夫です、お兄様。」


そう答えたものの、胸のざわめきは消えなかった。






お父様は。


お母様は。


オーウェンは。


クララは。





みんな、あの先どうなったの……?


私は思い出せない。


でも、一つだけはっきりしていることがある。






この人たちは、ゲームの中の人物なんかじゃない。


私の大切な家族だ。




だから。


私は、この笑顔を守りたい。

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