第六十四話 運命の一着
休日の朝。
アルディス公爵家の屋敷は、いつもよりどこか慌ただしい空気に包まれていた。
「お嬢様。」
クララが部屋を訪れ、穏やかに一礼する。
「本日は、仕立て屋がお見えになります。」
「分かりました。」
リリアーナは静かに立ち上がった。
今日はいよいよ、社交界デビューで身に纏うドレスを選ぶ日である。
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応接室へ入ると、父であるアルディス公爵が待っていた。
その向かいには、男女二人の仕立て屋が座っている。
机の上には、美しいデザイン画や色とりどりの生地見本が並べられていた。
「おはようございます、お父様。」
「おはよう、リリアーナ。」
公爵は穏やかに微笑む。
「こちらは王都でも名高い仕立て屋だよ。」
「初めまして、リリアーナ様。」
年配の仕立て屋が恭しく一礼する。
「人生で一度きりの社交界デビューでございます。心を込めて、お手伝いさせていただきます。」
「よろしくお願いいたします。」
リリアーナも丁寧に頭を下げた。
「それでは、早速ご覧くださいませ。」
仕立て屋が数枚のデザイン画を広げる。
淡い桃色。
澄んだ空色。
落ち着いた翡翠色。
そして深みのある紫。
どれも見事な意匠で、一枚一枚に職人の技が感じられた。
「どれも素敵ですね。」
リリアーナは一つずつ丁寧に目を通していく。
「お気に召したものはございますか?」
そう尋ねられ、少し考える。
どのドレスも美しい。
だからこそ、一つを選ぶのは難しかった。
その様子を見ていた仕立て屋が、小さく微笑む。
「でしたら、こちらはいかがでしょう。」
新たに一枚のデザイン画が机へ置かれた。
白を基調とした、清楚なドレス。
胸元や袖、裾には、淡い紫の刺繍が繊細に施されている。
派手さはない。
けれど、一目見ただけで心を惹かれる美しさがあった。
「こちらは……。」
リリアーナは思わず見入る。
「白が主役となりますので、全体は落ち着いた印象になります。」
「そして紫を添えることで、上品さと華やかさを感じていただける一着です。」
隣で見ていたクララが、小さく息をのんだ。
「……とても素敵ですわ。」
「お嬢様のお髪や瞳のお色にも、よく映えるかと存じます。」
リリアーナはもう一度、ゆっくりとデザイン画へ目を向ける。
落ち着いた雰囲気。
自然と笑みがこぼれた。
「……こちらでお願いいたします。」
その一言に、仕立て屋たちは嬉しそうに顔を見合わせた。
「ありがとうございます。」
「必ず、ご期待に添える一着をお仕立ていたします。」
その様子を見守っていた公爵が、静かに立ち上がる。
「良い一着になりそうだ。」
「はい。」
リリアーナも穏やかに頷いた。
「完成が楽しみです。」
その言葉に、公爵は優しく目を細める。
「どうぞよろしくお願いいたします。」
仕立て屋が一礼すると、公爵も満足そうに頷いた。
応接室を出たあとも、クララはどこか嬉しそうだった。
「お嬢様。」
「完成したお姿を拝見できる日が、今から楽しみでございます。」
リリアーナは小さく微笑む。
「私もです。」
社交界デビューまで、あと数か月。
春へ向けた準備は、少しずつ形になり始めていた。




