第六十二話 王太子の務め
王宮の廊下を、エリアスは静かに歩いていた。
午後の執務を終えたところで、国王に呼ばれたのである。
扉の前で一度足を止め、軽く息を整える。
「失礼いたします。」
「入りなさい。」
室内へ入ると、国王は書類から顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。
「忙しいところ、すまないな。」
「いえ。」
エリアスは一礼し、勧められた席へ腰を下ろす。
侍従が紅茶を置くと、静かに部屋を後にした。
「アルディス公爵から連絡があってな。」
国王が口を開く。
「リリアーナ嬢も、来年の社交界デビューへ向けて準備を始めるそうだ。」
「はい。私も伺っております。」
国王は嬉しそうに頷いた。
「あの小さかった二人が社交界へ立つ年になったか。時が経つのは早いものだな。」
幼い頃から二人を見守ってきた父親としての言葉だった。
エリアスも小さく笑みを浮かべる。
「そうですね。つい昨日のことのように思えます。」
「そうだろうな。」
国王は紅茶を一口飲み、穏やかな表情のまま続けた。
「社交界デビューでは、もちろんリリアーナ嬢をエスコートするのだな。」
「はい。」
返事に迷いはなかった。
「リリアーナは、私がエスコートいたします。」
その答えに、国王は満足そうに微笑む。
「うむ。お前に任せよう。」
短い言葉だった。
だが、その中には息子への信頼が込められていた。
エリアスは静かに頷く。
「ありがとうございます。」
しばらく他愛のない話を交わした後、席を立つ。
「それでは、失礼いたします。」
「ああ。」
「リリアーナ嬢にもよろしく伝えてくれ。」
「承知いたしました。」
一礼して執務室を後にする。
静かな廊下を歩きながら、エリアスは自然と微笑んだ。
来年の春。
リリアーナと共に社交界へ立つ日が訪れる。
エリアスはその日を迎えることが、今から楽しみでならなかった。




