第六十一話 公爵家の準備
屋敷へ戻ると、侍女たちが静かに一礼した。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
「ただいま戻りました。」
「旦那様がお待ちでございます。」
リリアーナは軽く頷き、そのまま応接室へ向かう。
扉を開くと、父であるアルディス公爵が書類から顔を上げ、穏やかに微笑んだ。
「おかえり、リリアーナ。」
「ただいま戻りました、お父様。」
向かいへ腰を下ろすと、ほどなくして紅茶が運ばれてくる。
静かな時間が流れた後、公爵はゆっくりと口を開いた。
「今日は、社交界デビューについて話そうと思ってな。」
「はい。」
「正式な日程が決まった。来年の春の予定だ」
その一言に、リリアーナは静かに耳を傾ける。
「来月より準備を始める予定だよ。ドレスの仕立て、装飾品の選定、当日の装い……やることは少なくないね。」
リリアーナを心配させないように
公爵は微笑む
「そうですね」
迷いなく答える娘を見て、公爵は優しく目を細めた。
「いつものお前らしく、堂々としていればよい。」
その言葉に、リリアーナは静かに頷いた。
「ありがとうございます、お父様。」
公爵は満足そうに微笑んだ。
華やかな装いに心が躍るというよりも、公爵家の令嬢としてその役目を果たすこと。
その思いの方が、今の彼女には強かった。
話を終え、部屋を出るとクララが廊下で待っていた。
「お嬢様。」
「仕立て屋がいらっしゃる日までに、お召し物や髪飾りなども確認してまいります。」
「よろしくね、クララ。」
「畏まりました。」
クララは嬉しそうに微笑んだ。
幼い頃から成長を見守ってきた主人が、いよいよ社交界へ歩み出す。
それは使用人たちにとっても、喜ばしい節目だった。
自室へ戻ったリリアーナは、窓辺へ歩み寄る。
庭では木々が色づき、秋風に乗って紅葉がゆっくりと舞っていた。
もうすぐ始まる新たな世界。
学園という限られた場所から、一歩外へ。
そこには多くの貴族が集い、多くの出会いが待っている。
リリアーナは静かに秋空を見上げた。
その瞳には、不安よりも静かな決意が宿っていた。
社交界への扉は、ゆっくりと開き始めようとしていた。




