第六十話 始まりの準備
秋が深まるにつれ、学園にもどこか慌ただしい空気が流れ始めていた。
授業を終えた昼休み。
リリアーナたちはいつものように中庭へ集まっていた。
「そういえば、お母様から言われたの。」
セレナが紅茶を口にしながら微笑む。
「来月にはドレスの採寸をするそうよ。」
「もうそんな時期なんですね……。」
オリヴィアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「何を選べばいいのか、今から緊張してしまいます……。」
「オリヴィアさんらしいわ。」
セレナがくすりと笑う。
「きっと何を着ても似合うわよ。」
「そ、そんなことは……。」
照れたように頬を染めるオリヴィアを見て、皆も自然と笑顔になった。
「女性は準備が大変そうですね。」
セドリックが穏やかに口を開く。
「男性も正装を新調したり、エスコートの準備がありますから、それなりに忙しくなりますが。」
「父上も、そろそろ相手方と話を進めるって言ってたな。」
フィンが肩をすくめる。
「社交界デビューって、思ってたより大変なんだね。」
「貴族にとっては大切な節目ですから。」
セドリックは静かに頷いた。
リリアーナは皆の話を聞きながら、窓の外へ視線を向ける。
社交界デビュー。
幼い頃から当然のように迎えるものとして育ってきた。
けれど、こうして準備の話が始まると、その日が少しずつ近づいていることを実感する。
「リリアーナ様は、もう準備が始まっているのですか?」
オリヴィアが尋ねた。
「まだ具体的には。」
リリアーナは穏やかに微笑む。
「ですが、お父様から近いうちに話があると聞いております。」
「公爵家ですもの。」
セレナが納得したように頷く。
「きっと素敵なドレスになるわ。」
その言葉に、リリアーナは静かに笑みを返した。
「ありがとうございます。」
その日の放課後。
迎えに来た馬車へ乗り込むと、クララが柔らかく微笑んだ。
「お嬢様。」
「旦那様がお帰りをお待ちです。」
「お父様が?」
「はい。社交界デビューの準備について、お話があるそうです。」
リリアーナは小さく頷いた。
窓の外では、紅く色づいた葉が風に舞っている。
十六歳の秋。
それは、新たな一歩を踏み出すための準備が、静かに始まる季節でもあった。




