第五十八話 変わらない朝
「お嬢様、お目覚めでしょうか。」
穏やかな声が扉の向こうから聞こえ、リリアーナはゆっくりと目を開けた。
「ええ、おはよう。」
「おはようございます。本日も良いお天気ですよ。」
カーテンが開かれ、柔らかな朝日が部屋を優しく照らす。
リリアーナは身支度を整えるため鏡台の前へ腰を下ろした。
「失礼いたします。」
クララがリリアーナの髪を丁寧に梳かしていく。
その手つきは幼い頃から変わらず、安心できるものだった。
「最近のお嬢様は、本当によくお笑いになられますね。」
「そうかしら。」
「ええ。学園へ入学される前より、ずっと。」
そう言われ、リリアーナは少し考える。
学園で過ごす日々。
オリヴィアやセレナと笑い合い、フィンやセドリックとも少しずつ距離が縮まった。
以前より笑顔が増えたと言われれば、そうなのかもしれない。
「皆様とご一緒する時間が、とても楽しいのです。」
自然と微笑みが浮かぶ。
クララもまた、嬉しそうに微笑んだ。
「それに……。」
少し言い淀みながら、クララが続ける。
「殿下とご一緒の時は、とても穏やかなお顔をされています。」
「殿下と?」
「はい。」
リリアーナは思わず小さく笑った。
「幼い頃からずっと一緒ですもの。」
その言葉に偽りはない。
エリアスは婚約者であり、幼なじみでもある。
隣にいることが当たり前で、その時間は心地良い。
一緒にいると安心できる。
だから、一緒に学園へ向かう朝も好きだった。
「お嬢様。」
使用人が部屋を訪れ、恭しく頭を下げる。
「エリアス殿下がお迎えにいらっしゃいました。」
「今行くわ。」
玄関へ向かうと、そこにはいつものようにエリアスが待っていた。
「おはよう、リリアーナ。」
「おはようございます、エリアス様。」
視線が合う。
自然と笑みがこぼれる。
「今日もご一緒できて嬉しいです。」
何気なく口にしたその言葉に、エリアスは一瞬だけ目を見開いた。
けれど、すぐに柔らかく微笑む。
「僕もだ。」
その短い一言だけで、胸の奥が少し温かくなる。
二人は並んで馬車へ乗り込んだ。
幼い頃から変わらない、穏やかな朝。
けれど、その想いだけは、少しずつ変わり始めていた。




