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第五十五話 広がる噂【前編】

セドリックのお話 前編






午後の演習は、魔道具の取り扱い訓練だった。


「焦らず、一つずつ確認してください。」


教師の指示に従い、生徒たちは順番に魔力を流していく。


一年生たちも見学を兼ねて参加しており、緊張した様子で先輩たちの動きを見守っていた。


その時だった。


「きゃっ!」


甲高い悲鳴が響く。


一人の一年生が手を滑らせ、机の上に置かれていた魔道具を床へ落としてしまった。


――ガシャン。


乾いた音と共に、魔道具に大きなひびが入る。


「申し訳ありません……!」


一年生は青ざめ、震えながら頭を下げた。


教師が険しい表情で近づく。


「これは高価な備品です。」


「取り扱いには十分注意するよう説明したはずですが。」


一年生は今にも泣き出しそうだった。


その時。


「先生。」


静かな声が響く。


セドリックだった。


「この演習の準備と確認は、私も担当しておりました。」


教師が視線を向ける。


「一年生だけの責任ではありません。」


「監督していた私にも責任があります。」


「……セドリック。」


教師は少し考え込むように目を閉じた。


やがて静かに頷く。


「分かりました。」


「今回は故意ではありません。」


「次回から十分注意するように。」


「はい!」


一年生は何度も頭を下げた。


その様子を見ていたリリアーナは、小さく胸をなで下ろす。


セドリックは、自分の立場を利用したのではない。


責任を分け合っただけだ。


演習はそのまま再開された。









翌日の昼休み。


廊下を歩いていると、聞き覚えのある名前が耳に入った。


「聞いた?」


「セドリック様の話?」


「一年生が魔道具を壊したのに、お咎めなしだったんでしょ。」


「侯爵家の跡取りだから、先生も強く言えなかったんじゃない?」


「結局、身分って得よね。」


思わず足を止める。


違う。


あの場にいた私には分かる。


そうではない。


私は静かに歩み寄った。


「失礼いたします。」


数人の生徒が振り返る。


「あら、リリアーナ様。」


「今のお話ですが。」


リリアーナは落ち着いた声で続ける。


「事実とは異なります。」


「でも、本当でしょう?」


「先生が何も言わなかったじゃない。」


「セドリック様は、ご自身にも責任があると申し出られました。」


「身分を理由に話を終わらせたわけではありません。」


一人の女子生徒が小さく笑う。


「ずいぶん庇うのね。」


「悪役令嬢のくせに。」




胸が痛む。


その呼び名だけは、まだ慣れない。


私は一瞬だけ俯いた。


けれど、ゆっくりと顔を上げる。


「……私のことは。」


静かな声が廊下に響く。


「私のことは、何を言われても構いません。」


驚いたように生徒たちが息を呑む。


「悪役令嬢と思われても、構いません。」


「ですが。」


私は真っ直ぐ相手を見つめた。


「事実ではないことで、セドリック様を傷つけるのは、おやめください。」


「噂だけで人を傷つけることは、決して正しいことではありません。」


廊下が静まり返る。


誰も言葉を返せない。


やがて一人が気まずそうに目を逸らした。


「……行こう。」


生徒たちは足早にその場を去っていく。


静寂が戻る。


私は小さく息を吐いた。


その時だった。


「……リリアーナ様。」


背後から聞こえた落ち着いた声に、私はゆっくりと振り返った。


そこには、静かに立つセドリックの姿があった。


その表情からは、いつからそこにいたのかは読み取れなかった。


ただ、その瞳はまっすぐに私を見つめていた。

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