第五十三話 大切なもの【後編】
フィンの話後編
フィンは肩を落としたまま、あの伝説の池を見つめていた。
「……どこにあるんだ。」
何度探しても見つからない。
草むらも、木の根元も、歩いてきた道も。
それでも見つからなかった。
私は静かに池へ近づき、水面を覗き込む。
透き通った水の底。
揺れる水草の間に、小さな布が見えた。
「あ……。」
思わず声が漏れる。
「フィン様。」
「え?」
「ありました。」
フィンがリリアーナへ駆け寄ってくる。
私が指差す先を見て、フィン様の表情が明るくなる。
しかし、その笑顔はすぐに曇った。
「嘘だろ…池の中か。」
あと少し。
手を伸ばせば届きそうで届かない場所に、お守りは沈んでいた。
私は岸辺にしゃがみ込み、静かに靴を脱ぐ。
「リリアーナ?」
フィン様の声が震える。
靴を揃えて岸に置き、私は立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てた声が飛ぶ。
「何する気だ!」
「取りに行きます。」
「駄目だ!」
フィンは首を横に振る。
「あの池の中だぞ!」
「はい。」
「危ないかもしれない!」
私はフィン様へ視線を向けた。
「大切なものなのでしょう?」
その一言に、フィン様は息を呑む。
「それは……そうだけど。」
「でしたら。」
私は穏やかな声で続けた。
「取り戻しましょう。」
迷いはなかった。
目の前に、大切なものを失って悲しんでいる人がいる。
それなら、私ができることをする。
それだけだった。
リリアーナは裾を少し持ち上げ、ゆっくりと池へ足を踏み入れる。
冷たい水が足首を包む。
一歩、また一歩。
慎重に進み、水草へ手を伸ばした。
指先が布に触れる。
そっと引き寄せると、小さなお守りが掌に収まった。
「よかった。濡れてますけど破れてもいません」
リリアーナは岸へ戻り、水を払いながらフィンの前に立つ。
「はい。」
差し出された掌を見つめ、フィンは震える手でお守りを受け取った。
何度も確かめるように握りしめ、胸へ抱く。
「……本当に。」
声が震えていた。
「本当に、ありがとう。」
リリアーナは小さく微笑む。
「見つかってよかったです。」
フィンはお守りを見つめ、それからリリアーナを見た。
「俺……絶対忘れない。」
その瞳には、感謝だけではない、深い信頼が宿っていた。




