第四十八話 新たな一歩の前に
魔獣襲撃事件から十日ほどが過ぎた。
学園には少しずつ穏やかな日常が戻り、生徒たちにも笑顔が戻り始めていた。
事件を忘れたわけではない。
それでも前を向こうとする空気が、学園全体に流れている。
放課後、私は温室を訪れていた。
色とりどりの花々は、あの日と変わらず静かに咲き誇っている。
「……皆さんも元気そうですね」
優しく花びらに触れながら、小さく微笑む。
この場所へ来ると、不思議と心が落ち着いた。
「やっぱりここだった」
聞き慣れた声に振り返る。
「エリアス様」
穏やかな笑みを浮かべながら、こちらへ歩いて来られる。
「探したよ」
「申し訳ありません。少し花を見たくなりまして」
「そんな気がしていたんだ」
「え?」
「君を探す時は、まず温室へ来るようになったから」
思いがけない言葉に、思わず目を瞬かせる。
「私ならここにいると?」
「いることが多いからね」
それだけ言って、エリアス様は柔らかく笑われた。
確かに、放課後になると私はよく温室へ足を運んでいる。
いつの間にか、それを覚えてくださっていたらしい。
「少し歩かないか?」
「はい」
二人で温室を後にする。
並んで歩く足音が、静かな学園に心地よく響いていた。
やがて視界が開け、湖が姿を現す。
水面を渡る風は穏やかで、小さな波紋がゆっくりと広がっていく。
その景色を眺めながら、エリアス様が静かに口を開かれた。
「湖を見ると、昔のことを思い出すんだ」
「昔のこと……ですか?」
「君が湖へ落ちた日のこと」
私は思わず苦笑する。
「あの時は、ご心配をお掛けしました」
「本当に驚いたよ」
エリアス様は苦笑しながらも、どこか懐かしそうに湖面を見つめる。
「ハンカチを追いかけて、そのまま落ちてしまうなんて」
「お恥ずかしい限りです」
「でも、君らしいとも思った」
「私らしい……ですか?」
「大切だと思ったもののためなら、迷わず手を伸ばす人だから」
あの時も。
今回の魔獣事件でも。
言葉にはされなかったその続きを、私は何となく感じ取っていた。
「……ですが、あの時助けてくださったのはエリアス様です」
「助けるなんて考えていなかったよ」
エリアス様は少し照れたように笑う。
「気付いたら飛び込んでいた」
その言葉に、胸が少し温かくなる。
幼い頃から、この方はそういう人だった。
迷うより先に、大切な人へ手を伸ばす。
そんな優しさを、私は誰よりも知っている。
この優しさに
私はずっと救われている




