第四十五話 運命の咆哮
ドォォォンッ!!
競技場全体を揺るがす轟音に、生徒たちは一斉に足を止めた。
「きゃっ!」
「あ、あれは何だ!?」
観覧席からも悲鳴が上がる。
教師たちは瞬時に表情を引き締め、音のした方角へ視線を向けた。
遠くの森。
木々の間から鳥たちが一斉に飛び立ち、不気味な静寂が辺りを包み込む。
「全員、その場を動くな!」
教師の鋭い声が響いた。
生徒たちは息を呑み、不安そうに顔を見合わせる。
その時だった。
ビリッ……
空気が震えるような音が響く。
競技場を覆っていた半透明の結界が、まるで水面のように大きく波打った。
「なっ……!」
「結界が……!」
教師の一人が顔色を変える。
次の瞬間。
バキィンッ!!
乾いた音とともに、結界の一部に亀裂が走った。
「馬鹿な……!」
「学園の結界が破られた!?」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
観覧席は騒然となった。
「避難してください!」
「落ち着いて行動を!」
教師たちが必死に誘導を始める。
しかし、突然の出来事に誰もが混乱していた。
子どもの泣き声。
貴族たちの悲鳴。
入り乱れる足音。
穏やかだった競技場は、一瞬にして混乱の渦へと変わる。
「皆、落ち着いて!」
エリアスが大きな声を上げる。
「押さないで!」
「教師の指示に従って!」
その落ち着いた声に、生徒たちは少しずつ冷静さを取り戻していく。
「フィン、避難の誘導を!」
「分かった!」
「セドリックは先生方の手伝いを!」
「承知しました!」
「ヴィンセントは負傷者を!」
「はい!」
それぞれが迷うことなく動き始めた。
リリアーナもオリヴィアと共に避難しようとした、その時だった。
ズシン……。
ズシン……。
地面が震える。
森の奥から、巨大な黒い影がゆっくりと姿を現した。
全身を漆黒の毛で覆われた巨大な魔法獣。
鋭い牙。
赤く光る瞳。
低く唸るたび、空気が震える。
「ま、魔法獣……!」
誰かが震える声で呟いた。
本来なら、学園の結界を越えられるはずのない存在。
その姿に、教師たちの表情が凍り付く。
「どうして侵入できた……。」
騎士たちが魔法獣の前へ立ちはだかる。
「生徒たちを守れ!」
怒号が飛び交う。
リリアーナは魔法獣を見つめたまま、指先が冷えていくのを感じていた。
(同じ……。)
(ゲームと……。)
胸が苦しくなる。
前世で見たイベント。
何度も画面越しに見た光景が、目の前で現実となっていた。
(ここから……。)
(オリヴィアさんが……。)
その瞬間だった。
人の波に押されたオリヴィアが、よろめく。
「あっ……!」
周囲の人々は避難に必死で、その小さな異変に気付かない。
オリヴィアは皆とは反対の方向へ流されてしまう。
「オリヴィア様!」
リリアーナが叫ぶ。
しかし声は混乱にかき消された。
魔法獣がゆっくりと顔を上げる。
赤い瞳が、オリヴィアを捉えた。
(駄目……!)
ゲームと同じ。
頭の中で警鐘が鳴り響く。
その時。
「オリヴィアさんが危ない!」
エリアスも異変に気付いた。
駆け出そうとした、その瞬間。
「殿下!」
教師が叫ぶ。
振り向けば、倒れた生徒が瓦礫の下敷きになっていた。
「こちらをお願いします!」
エリアスの表情が揺れる。
助けを求める生徒。
そして、魔法獣へ狙われたオリヴィア。
どちらも見捨てられない。
ほんの一瞬。
迷いが生まれる。
その一瞬で十分だった。
リリアーナは地面を強く蹴る。
「リリアーナ!?」
エリアスの声が背中から聞こえる。
それでも振り返らない。
ただ一人。
オリヴィアだけを見つめ、全力で駆け出した。
目の前では、魔法獣が大きく前脚を振り上げる。
オリヴィアが振り返り、息を呑んだ。
「え……?」
「オリヴィア様!!」
リリアーナは叫びながら、オリヴィアの背中へ向かって飛び込んだ。




