第四十四話 迫る脅威
午前の競技を終え、競技場には穏やかな空気が流れていた。
生徒たちは休憩時間となり、それぞれ友人たちと談笑したり、用意された飲み物で喉を潤したりしている。
「終わったぁー!」
フィンは大きく伸びをすると、その場に座り込んだ。
「思った以上に緊張したよ!」
「最初はそういうものですよ。」
セドリックが苦笑する。
「でも、フィンはよく頑張っていました。」
「ほんと?」
「ええ。少し力み過ぎでしたが。」
「そこは褒めてよ!」
二人のやり取りに、リリアーナとオリヴィアは思わず笑みを浮かべた。
「リリアーナ様。」
オリヴィアが嬉しそうに近寄ってくる。
「先ほどの結界、本当に素敵でした。」
「ありがとうございます。」
「私、あんな綺麗な防御魔法を見たのは初めてです。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
穏やかに微笑み合う二人のもとへ、ヴィンセントが勢いよく歩いてきた。
「リリアーナ様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか。」
「はい?」
「先ほどの結界ですが、魔力を均一に循環させていましたよね?」
「ええ。」
「やはりそうでしたか!」
ヴィンセントの目が輝く。
「通常の結界は一点へ魔力を集中させます。しかし、リリアーナ様の結界は全体へ均等に──」
「ヴィンセント。」
セドリックが苦笑しながら声を掛ける。
「質問は一つではありませんでしたね。」
「あ……。」
ヴィンセントは少しだけ気まずそうに咳払いをした。
「申し訳ありません。興味深くて、つい……。」
「ふふっ。」
リリアーナは優しく笑う。
「後でゆっくりお話ししましょう。」
「本当ですか?」
「はい。」
「ありがとうございます!」
嬉しそうなヴィンセントを見て、フィンが肩を竦めた。
「よかったな、ヴィンセント。」
「これで今日は眠れそうだ。」
「いえ。」
ヴィンセントは真顔で首を振る。
「きっと興奮して眠れません。」
「そっちかー!」
その場に笑い声が広がった。
その様子を少し離れた場所から見ていたエリアスは、小さく目を細める。
リリアーナが心から笑っている。
以前の彼女では考えられなかった光景だった。
(よかった……。)
そう思った矢先だった。
「皆さん。」
教師が生徒たちを集める。
「休憩は以上です。」
「これより午後の競技について説明します。」
生徒たちは一斉に教師へ視線を向けた。
「午後は実践競技です。」
「学園が用意した訓練用魔法生物を相手に、皆さんの判断力や連携、対応力を評価します。」
ざわり、と会場がざわつく。
「魔法生物……。」
「本物なんだ。」
「少し怖いな……。」
一年生らしい不安の声が聞こえてくる。
教師は安心させるように続けた。
「もちろん危険はありません。」
「教員と騎士団が周囲で待機しています。」
「皆さんは落ち着いて行動してください。」
「はい!」
元気な返事が響く。
リリアーナも返事をしながら、小さく息をついた。
(実践競技……。)
その言葉を聞いた瞬間だった。
胸の奥が、不意にざわつく。
(……あれ。)
視界が揺れる。
競技場。
観覧席。
生徒たちの笑顔。
どこかで見た光景。
(この景色……。)
記憶の奥底で、何かが軋む。
前世の記憶。
ゲームのイベント。
(そうだ……。)
リリアーナの表情から笑みが消えた。
(この競技の途中で……。)
脳裏へ、一つの場面が鮮明によみがえる。
大きな咆哮。
砕け散る結界。
悲鳴を上げる生徒たち。
そして――。
魔法獣。
(そうだった……。)
ゲームでは。
大会の最中、学園の結界が破られ、魔法獣が侵入する。
混乱の中、オリヴィアが逃げ遅れ――。
エリアスが彼女を助ける。
それが二人の距離を縮める、大きなきっかけだった。
(まさか……。)
リリアーナは思わずオリヴィアへ目を向ける。
何も知らないオリヴィアは、フィンと楽しそうに話している。
その笑顔を見た瞬間、胸が締め付けられた。
(まだ起こると決まったわけじゃない。)
(これまでだって、未来は変わってきた。)
(でも……。)
もし。
もし、本当に起こるのなら。
「リリアーナ?」
優しい声が聞こえた。
顔を上げると、心配そうなエリアスが立っていた。
「顔色が少し悪いけど、大丈夫?」
「あ……。」
慌てて笑顔を作る。
「大丈夫です。」
「少し考え事をしていただけですから。」
「そう?」
エリアスは納得したように頷きながらも、その瞳には心配の色が残っていた。
「無理はしないで。」
「はい。」
リリアーナは微笑んで答える。
しかし胸のざわめきは消えない。
教師の号令が響く。
「それでは実践競技を開始します。」
生徒たちが配置へ向かって歩き始めた、その時――。
ドォォォンッ!!
地面を揺らすような轟音が競技場全体へ響き渡った。
「きゃっ!」
「な、何だ!?」
会場が一気にざわめく。
教師たちの表情が変わる。
遠くの森から、黒い煙がゆっくりと立ち上っていた。
リリアーナはその光景を見つめ、息を呑む。
「そんな……。」
胸の鼓動が大きく脈打つ。
(始まってしまったの……?)
その呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。




