第四十三話 決意
開会式が終わると、生徒たちはそれぞれの競技会場へと移動を始めた。
広大な王立学園の競技場は、今日という特別な日にふさわしく華やかな雰囲気に包まれている。
観覧席には生徒の家族や貴族、王宮関係者の姿が並び、競技開始を今か今かと待ちわびていた。
「すごい人ですね……」
リリアーナは思わず周囲を見回した。
初めて目にする光景に、胸が少し高鳴る。
「実技大会は学園最大の行事ですから。」
隣を歩くセドリックが穏やかに微笑んだ。
「成績優秀者は王宮騎士団や魔法師団の方々にも名前を覚えていただけるそうです。」
「だから皆さん、気合いが入っているんですね。」
リリアーナが納得すると、前を歩いていたフィンが大きく肩を落とした。
「うぅ……それ聞いたら急に更に緊張してきた。」
「さっきまで元気だったのに?」
リリアーナが思わず笑う。
「だって、見られてるんだよ!? 失敗したら恥ずかしいじゃないか!」
「フィンらしいですね。」
セドリックがくすりと笑う。
するとヴィンセントが真剣な表情で口を開いた。
「緊張とは興味深い心理現象です。適度な緊張は集中力を――」
「あっ、始まった。」
フィンが苦笑いを浮かべる。
「ヴィンセントの講義だ。」
「講義ではありません。」
「事実を説明しているだけです。」
真面目に返すヴィンセントに、その場のみんなが笑い声を上げた。
その笑顔を見渡しながら、エリアスが穏やかに口を開く。
「今日は勝ち負けだけを気にする必要はないよ。」
「僕たちはまだ一年生だ。」
「初めての大会なんだから、まずは楽しもう。」
「はい。」
自然と全員の返事が重なる。
リリアーナも小さく頷いた。
(そうね……。)
(肩の力を抜いて臨みましょう。)
案内された会場へ入ると、競技場の中央にはいくつもの的や結界が設置されていた。
最初の競技は、魔法実技。
攻撃魔法、防御魔法、魔力制御。
それぞれを総合的に審査する競技だ。
「これより一年生の魔法実技を開始します。」
審査員の声が響き渡る。
一人、また一人と名前が呼ばれ、生徒たちは自慢の魔法を披露していく。
炎が舞う。
風が渦を巻く。
水が美しい弧を描き、雷が的を正確に貫いた。
会場からは、そのたびに拍手が送られる。
「次。エリアス・アルフォード殿下。」
静かな歓声が上がった。
エリアスは堂々と競技場の中央へ進み、一礼する。
杖を掲げると、黄金色の魔力が静かに集まっていく。
「《ライトニング・ランス》」
放たれた雷は一直線に標的へ向かい、その中心を正確に射抜いた。
続く防御魔法も無駄がなく、美しい。
飛来する魔法弾を確実に防ぎ切ると、会場から大きな拍手が送られた。
「さすが殿下……。」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
席へ戻ってきたエリアスに、リリアーナは微笑んだ。
「お見事でした。」
「ありがとう。」
エリアスは少し照れたように笑う。
「実は少し緊張していたんだ。」
「エリアス様でもですか?」
「もちろん。」
「僕たちも初めての大会だからね。」
その言葉に、リリアーナの肩から自然と力が抜けた。
「次。オリヴィア・ローズ。」
「は、はい!」
オリヴィアは緊張した面持ちで前へ出る。
深呼吸を一つ。
柔らかな光魔法が優しく広がり、的を包み込んだ。
防御魔法も丁寧で安定している。
演技を終えると、会場から温かな拍手が送られた。
「終わったぁ……。」
戻ってきたオリヴィアは胸を撫で下ろす。
「とても素敵でした。」
リリアーナが微笑むと、オリヴィアは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとうございます!」
そして――。
「次。リリアーナ・アルディス。」
会場が静まり返る。
リリアーナはゆっくりと歩み出ると、優雅に一礼した。
(落ち着いて。)
深く息を吸い、静かに魔力を練り上げる。
淡い藤色の光が杖の先へ集まり、ゆっくりと広がっていく。
「《クリスタル・シールド》」
その瞬間。
透明な結界が音もなく現れた。
まるで磨き上げられた水晶。
陽の光を受けた結界は七色に煌めき、ガラス細工のような美しさを放っている。
あまりにも澄んでいて、そこに結界があることを忘れてしまいそうだった。
試験用の魔法弾が放たれる。
一つ。
二つ。
三つ。
結界へ触れた瞬間、魔法弾は淡い光となって静かに消えていく。
結界は微動だにしない。
静寂が競技場を包んだ。
誰もが、その美しさに見入っていた。
やがて結界が光の粒となって消えると、大きな拍手が湧き起こる。
「見事です。」
審査員の一人が感嘆の声を漏らした。
「極めて高度な魔力制御。」
「防御魔法としての完成度も申し分ありません。」
リリアーナは深く一礼し、仲間の元へ戻る。
「リリアーナ様!」
オリヴィアが目を輝かせた。
「本当に綺麗でした!」
「ありがとうございます。」
「ガラスみたいだった!」
フィンも興奮した様子で笑う。
「僕も初めて見ました。」
セドリックも静かに頷いた。
「防御魔法で、あれほど透明な結界は珍しいですね。」
ヴィンセントは目を輝かせながら一歩前へ出る。
「魔力制御について詳しく――」
「質問は後で。」
セドリックが苦笑すると、ヴィンセントは名残惜しそうに頷いた。
その様子に、また笑いが広がる。
そんな中、エリアスがリリアーナの前へ歩み寄った。
「綺麗だった。」
優しい声だった。
リリアーナは少し首を傾げる。
「……魔法が、ですか?」
エリアスは穏やかに微笑んだ。
「もちろん魔法も。」
「でも、一番綺麗だったのは。」
一瞬だけ言葉を選び、優しく続ける。
「君が、自信を持って魔法を使っている姿だよ。」
その言葉に、リリアーナの頬がほんのり赤く染まった。
「……ありがとうございます。」
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
大会は始まったばかり。




