第四十二話 開幕の鐘
爽やかな朝の陽射しが、アルディス公爵家の庭園を優しく照らしていた。
リリアーナは鏡の前で制服の襟元を整え、小さく息をついた。
(今日から……。)
昨日までとは違う緊張が胸の奥に広がっている。
前世の記憶。
そして、自分が導き出した一つの仮説。
(次のゲームイベント――。)
王立学園総合実技大会。
ゲームでは、この大会をきっかけにオリヴィアと攻略対象たちの距離がさらに縮まっていく。
そして、自分はただ遠くから見つめるだけだった。
けれど――。
「今回は違う。」
鏡に映る自分へ、小さく微笑む。
「私は私の意思で、未来を選ぶ。」
静かにそう呟き、部屋を後にした。
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食堂へ入ると、家族はすでに席についていた。
「おはようございます。」
「おはよう、リリアーナ。」
父アルディス公爵が穏やかに頷く。
母エレノアも優しく微笑んだ。
「今日は実技大会でしたね。」
「はい。」
「一年生にとっては初めての大会ですもの。緊張しているかしら?」
母の問いに、リリアーナは少しだけ照れたように笑う。
「少しだけ。」
その言葉に、隣へ座るルシアンが優しく笑った。
「それでいいんだよ。」
「誰だって初めては緊張する。」
「でも、リリーなら大丈夫。」
兄の言葉に、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らぐ。
「ありがとう、お兄様。」
父も静かに口を開いた。
「勝敗ももちろん大切だ。」
「だが、それ以上に、自分らしく学ぶことを忘れてはいけない。」
「はい、お父様。」
リリアーナは真っ直ぐ頷いた。
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馬車が王立学園へ近付くにつれ、いつも以上の賑わいが窓の外へ広がっていく。
色とりどりの旗。
忙しく行き交う生徒たち。
保護者らしき馬車も次々と到着していた。
「すごい……。」
思わず小さく声が漏れる。
学園全体がお祭りのような活気に包まれていた。
門をくぐると、さらに歓声が聞こえてくる。
今日という日を楽しみにしていたのは、自分だけではない。
そんな空気が学園中へ満ちていた。
教室へ入ると、明るい声が響く。
「リリアーナ様!」
オリヴィアが笑顔で駆け寄ってきた。
「おはようございます!」
「おはようございます、オリヴィア様。」
「私……昨日、緊張してなかなか眠れなくて。」
照れ笑いを浮かべるオリヴィアに、リリアーナは思わず微笑んだ。
「ふふっ。」
「実は私も少し緊張しています。」
「リリアーナ様もですか?」
「ええ。」
「初めての大会ですもの。」
その言葉に、オリヴィアの表情も少し和らいだ。
「そうですよね!」
「一緒で安心しました。」
二人が笑い合っていると、教室の後ろから元気な声が聞こえた。
「おはよう!」
フィンだった。
「いよいよ今日だね!」
その後ろには、セドリックとヴィンセント、そしてエリアスの姿もある。
「皆さん、おはようございます。」
リリアーナが一礼すると、エリアスも穏やかに微笑んだ。
「おはよう、リリアーナ。」
「よく眠れた?」
「はい。少し緊張していますけれど。」
その言葉に、エリアスは優しく笑う。
「実は僕も少しだけ緊張しているんだ。」
「え?」
リリアーナは思わず目を丸くした。
「エリアス殿下でも……ですか?」
「もちろん。」
「僕たちも一年生だからね。初めての実技大会なんだから。」
その言葉に、自然と肩の力が抜ける。
するとフィンが驚いたように声を上げた。
「えっ!? 殿下も緊張するんですか?」
「するよ。」
エリアスが苦笑すると、フィンは大げさに肩を落とした。
「なんだぁ。僕だけじゃなかったんだ。」
「安心しました。」
セドリックが静かに微笑む。
「君は緊張というより、落ち着きがないだけでしょう。」
「ひどいなぁ!」
フィンが抗議すると、ヴィンセントが真顔で口を開く。
「緊張は適度であれば集中力を高める効果があります。」
「心拍数も通常より――」
「始まった。」
フィンが額へ手を当てる。
その様子がおかしくて、教室には笑い声が広がった。
リリアーナも思わず声を立てて笑う。
そんな穏やかな時間の中――
ゴォォォン――。
学園中へ、大きな鐘の音が響き渡った。
一瞬で教室が静まり返る。
教師が教壇へ立ち、ゆっくりと口を開いた。
「これより全校生徒は競技場へ移動します。」
「王立学園総合実技大会、開会式を執り行います。」
リリアーナは静かに拳を握る。
(始まる……。)
大会だけではない。
見えない未来との新たな戦いが。




