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第四十話 映る真実



王宮でのお茶会を終え、アルディス公爵家の馬車は夕暮れの王都をゆっくりと進んでいた。


窓の外では、茜色に染まった街並みが静かに流れていく。



今日一日の出来事を思い返しながら、リリアーナは自然と微笑んだ。



(セドリック様も、フィン様も、ヴィンセント様も……。)



三人とも、ゲームで見ていた攻略対象とは少し違っていた。



彼らは攻略対象という存在ではなく、エリアスの大切な友人であり、それぞれが優しく温かな人たちだった。



特にヴィンセントの質問攻めを思い出すと、思わず笑みがこぼれる。




「ふふっ……。」



「何か面白いことでもあったの?」



向かいに座る兄ルシアンが、不思議そうに首を傾げた。


「いえ……ヴィンセント様のことを思い出してしまって。」




「ヴィンセント?」


「エリアス様のご友人なんです。」


リリアーナは頷きながら笑う



「とても楽しかったですよ。」


その笑顔を見て、ルシアンはどこか安心したように目を細めた。


「それならよかった。最近元気なかったからリリィが笑顔になって嬉しいよ」



兄の優しい言葉にリリアーナはまた笑みが溢れた。







✳✳✳✳✳




馬車は心地よく揺れ続ける。


ふとリリアーナは、小さな手鏡を取り出した。





髪が乱れていないか確かめようと鏡を開いた、その瞬間――。




ピシッ。


鏡の中央に、一本の亀裂が走った。





「……!」


息を呑む。


思わず鏡を両手で持ち直す。


指先でそっと触れても、表面は滑らかなままだ。





見えているはずの亀裂が、そこには存在しない。




(また……。)




鼓動が少しずつ速くなる。




鏡台の鏡


温室の窓。




そして、今度は手鏡。


どれも同じだった。


見えるのは、自分だけ。




その時、不意に前世の記憶が脳裏をよぎる。






王宮のお茶会。


庭園。


エリアスの優しい笑顔。


そして――











『紹介したい人たちがいるんだ。』


ゲームの中で、その言葉を向けられていたのは……。





「オリヴィア……。」


小さく零れた名前に、自分でもはっとする。


そうだ。




本来、このお茶会でエリアスが友人たちを紹介する相手は、ヒロインであるオリヴィアだった。


セドリックも。


フィンも。


ヴィンセントも。


皆、オリヴィアとここで出会い、少しずつ絆を深めていく。


それが、ゲームで決められていた運命。




「今回は……違った。」


その瞬間。


鏡に映っていた亀裂が、音もなく消えていく。


まるで最初から何もなかったかのように。


「消えた……。」


リリアーナは鏡を見つめたまま、小さく息を呑む。


(今までも……そうだった。)


ゲームとは違う出来事が起こるたびに現れる亀裂。


そして、その亀裂に気付くたび

ヒビは静かに消えていく。


偶然ではない。


そう思った。


リリアーナは鏡をそっと閉じる。


胸の奥で、一つの考えが形になっていく。




(もしかして……。)


(ゲームとは違う未来へ進むたび、この世界に亀裂が入っている……?)



鏡台の鏡

 

温室で見た窓ガラス。


そして、この手鏡。


どれもガラスだった。


どれも、自分にしか見えなかった。


馬車の窓から差し込む夕陽が、静かにリリアーナの横顔を照らす。


(もし、この仮説が正しいのなら……。)


胸に手を当て、静かに目を閉じる。



(私が運命を変えるたび――。)



(この世界には、誰にも見えない亀裂が生まれているの……?)



馬車の窓へ映る自分を見つめながら、リリアーナは静かに息を呑む。




その答えを知る者は、まだ誰もいない。


ただ一人――。


運命を変えようと歩み続ける少女だけが、その真実へ少しずつ近づいていた。

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