第三十四話 運命の選択
リリアーナが学園へ復帰してから数日。
少しずつ体調は戻ってきたものの、「悪役令嬢」という噂が消えることはなかった。
すれ違うたびに感じる視線。
聞こえるか聞こえないかほどの囁き声。
それでもリリアーナは俯くことなく、静かに歩き続けていた。
(負けない。)
そう何度も自分へ言い聞かせながら。
午後の授業が終わる頃だった。
突然。
ズキッ――。
鋭い痛みが頭を貫く。
「……っ。」
思わず机へ手をつく。
視界が揺れる。
そして――。
目の前の景色が白く染まった。
そこは、学園の温室。
色とりどりの花が咲き誇る、美しい場所だった。
一人の少女が花を見つめている。
オリヴィアだった。
そこへ、もう一人の少女が近付いていく。
ゲームの中のリリアーナ。
冷たい瞳。
感情のない笑み。
オリヴィアの前で立ち止まり、静かに口を開く。
『ここは、あなたが来る場所ではありません。』
オリヴィアは悲しそうに目を伏せる。
『……申し訳ありません。』
そのまま温室を後にしていく。
ゲームのリリアーナは満足そうに微笑んでいた。
映像はそこで途切れた。
「リリアーナ様?」
セレナの声で我に返る。
「大丈夫ですか?」
「ええ……。」
リリアーナは小さく頷く。
(次のイベントがくる……。)
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放課後。
リリアーナは一人、温室へ向かっていた。
避けても意味はない。
これまでの出来事が、それを教えてくれた。
静かに温室の扉を開ける。
甘い花の香りがふわりと漂う。
そして。
ゲームの記憶と同じように。
オリヴィアが、一輪の薔薇を見つめていた。
「……綺麗。」
小さく零れたその声に、リリアーナは足を止める。
その時。
【カエリナサイ】
頭の奥で声が響く。
ズキッ。
激しい頭痛。
【ココハオマエノバショジャナイ】
リリアーナはぎゅっと拳を握る。
(違う……。)
【ココハオマエノバショジャナイ】
(違う……!)
【ココハオマエノバショジャナイ】
声は何度も繰り返される。
息が苦しい。
今にも口が勝手に動きそうになる。
オリヴィアが振り返った。
「あ……リリアーナ様。」
嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見た瞬間
リリアーナの中で、何かが変わった。
(この子は、、、オリヴィアは)
(何も悪くない。)
ゆっくりと息を吸う。
そしてリリアーナは口を開いた。
「……その薔薇。」
オリヴィアが少し驚いたように目を瞬かせる。
「とても綺麗ね。」
一瞬、温室が静まり返る。
やがてオリヴィアの表情が、ぱっと明るくなった。
「はい!私も、この薔薇が大好きなんです!」
嬉しそうに咲く笑顔。
それを見たリリアーナも、小さく微笑み返した。
その瞬間。
──パキッ。
乾いた音が、温室に響く。
リリアーナだけが、はっと振り返る。
温室のガラス。
一本のひびが、静かに走っていた。
誰も気付いていない。
見えているのは、リリアーナだけだった。
(……ひび。)
リリアーナは、静かに目を見開く。
脳裏に浮かぶのは、あの日の出来事。
『……来ないで。』
あの時は、何も起こらなかった。
そして今日。
ゲームとは違う言葉を、自分の意思で選んだ。
リリアーナは、ひびを見つめたまま小さく呟く。
「……そういうことだったの?」
「ゲームの流れに従えば、何も起こらないの?」
「でも……。」
ひびへ、そっと手を伸ばす。
もちろん触れることはできない。
もしかして
「運命を変えた時だけ……。」
その先の意味は、まだ分からない。
けれど一つだけ、確信できることがあった。
運命は、変えられる。
その小さな希望が、リリアーナの胸に静かに灯っていた。




