第三十二話 抗えない声
編入から数日。
オリヴィアは少しずつ学園にも慣れ、クラスメイトとも笑顔で話す姿が見られるようになっていた。
「オリヴィア様、そのリボン、とても素敵ですわ。」
「ありがとうございます。母が選んでくれたものなんです。」
照れくさそうに笑うオリヴィアに、周囲の令嬢たちも自然と笑みをこぼす。
その様子を、リリアーナは静かに見つめていた。
(やっぱり……。)
(優しそうな子。)
ゲームの中で見ていたヒロインも
とても素敵だった
でも
画面越しでは分からなかった表情も、声も、仕草も。
目の前のオリヴィアは、一人の少女だった。
【……ダレモコナイデ】
頭の奥で声が響く。
リリアーナは小さく息を呑んだ。
(また……。)
ここ数日。
この声は何度も聞こえていた。
そのたびに。
(違う。)
(私はそんなこと思わない。)
何度も。
何度も心の中で否定し続けてきた。
すると声は、ふっと消えていく。
それの繰り返しだった。
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昼休み。
リリアーナが一人で本を閉じると、セレナが微笑んだ。
「リリアーナ様。オリヴィア様が、お話ししたいそうです。」
「……私に?」
「はい!」
少し離れた場所で、オリヴィアが緊張したように立っている。
私は何度か深呼吸を繰り返し、小さく拳を握る。
そして意を決したように、一歩踏み出した。
「リリアーナ様。」
優しい声。
その瞬間だった。
【アナタハコナイデ】
ズキッ――。
鋭い痛みが頭を走る。
(……っ!)
リリアーナはそっと額を押さえた。
(駄目っ)
(負けちゃ駄目!)
オリヴィアは気付かず、柔らかく微笑む。
「編入の日は、ご挨拶だけになってしまって……。改めて、お話しできたら嬉しいです。」
【アナタハコナイデ】
(違う!)
(私は……っ)
【アナタハコナイデ】
頭の中で、何度も繰り返される。
胸が苦しい。
息が詰まる。
それでもリリアーナは必死に笑顔を作ろうとした。
唇が震える。
(お願い……っ)
(やめて……)
オリヴィアが、もう一歩近付く。
【ア ナ タ ハ コ ナ イ デ】
その瞬間。
「……来ないで。」
静まり返る教室。
オリヴィアの足が止まる。
エメラルドグリーンの瞳が、ゆっくりと揺れた。
「……え?」
リリアーナは、自分の口を押さえた。
(今……。)
(私が……言ったの……?)
全身から血の気が引いていく。
「ち、違っ……。」
言葉が続かない。
オリヴィアは困ったように微笑み、小さく頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした。」
そのまま静かに踵を返す。
教室には重苦しい空気だけが残った。
誰かが小さく囁く。
「あれが……。」
「やっぱり。」
「噂は本当だったのね。」
その声は決して大きくはなかった。
けれど、リリアーナの耳には、はっきりと届いていた。
(違う……。)
(私じゃない……。)
そう叫びたいのに。
声は、もう出なかった。




