第三十一話 編入生
翌朝――。
リリアーナは、鏡の前で制服を整えながら、小さく息をついた。
昨日起きた出来事は、夢ではなかった。
ゲームの記憶。
教室。
教師の言葉。
そして――。
振り返る寸前で途切れた、あの少女。
(今日は……。)
胸の奥が静かにざわめく。
「お嬢様。」
クララの優しい声に、リリアーナは微笑んだ。
「ええ。行ってまいります。」
教室へ入ると、セレナが嬉しそうに手を振る。
「おはようございます、リリアーナ様!」
「おはようございます、セレナ。」
「今日は少しお早いですね。」
「ええ、少しだけ。」
二人が話していると、教室の扉が開いた。
担任の教師が教壇へ立つ。
教室が静まり返る。
その瞬間。
リリアーナの鼓動が大きく鳴った。
教師が口を開く。
「皆さんに、お知らせがあります。」
(……同じ。)
昨日見た映像と、一言一句違わない。
「本日より、一名、このクラスへ編入することになりました。」
教室がざわつく。
「編入生?」
「この時期に?」
「どなたかしら。」
教師が扉へ視線を向ける。
「どうぞ、お入りください。」
静かに扉が開いた。
一人の少女が、ゆっくりと教室へ足を踏み入れる。
やわらかなハニーブロンドの髪。
透き通るような白い肌。
澄んだエメラルドグリーンの瞳。
少し緊張したように胸の前で手を重ねながらも、少女は教壇の前へ進んだ。
リリアーナは、その姿から目を離せなかった。
(あの子が……。)
教師が穏やかに微笑む。
「では、自己紹介を。」
少女は小さく頷き、教室を見渡した。
「初めまして。」
澄んだ声が静かに響く。
「私は、オリヴィア・ローズと申します。」
「本日より皆様と共に学ばせていただきます。」
「どうぞ、よろしくお願いいたします。」
丁寧に頭を下げる姿に、教室は温かな拍手に包まれた。
「ローズ伯爵家……。」
誰かが小さく呟く。
「北西の領地の伯爵家よ。」
「花で有名なお家でしょう?」
「王宮へ薔薇を献上しているって聞いたことがあるわ。」
「どうして、この時期に編入なのかしら。」
小さな囁きが広がる。
オリヴィアは少し照れたように微笑むだけだった。
教師が空いている席を示す。
「オリヴィア嬢、あちらの席へ。」
「はい。」
席へ向かう途中。
オリヴィアは緊張したように教室を見回し――
ふと、リリアーナと目が合った。
一瞬だけ驚いたように目を丸くし、
それから安心したように、ふわりと微笑む。
リリアーナは思わず息を呑んだ。
(……え。)
その笑顔には、敵意など欠片もなかった。
ただ、新しい学園生活への不安を隠しながら、それでも前を向こうとする、一人の少女の笑顔。
(この子が……。)
(ゲームのヒロイン……。)
頭では分かっている。
けれど。
目の前にいるオリヴィアは、前世で画面越しに見ていた少女とは違って見えた。
一人の人間として、そこに立っていた。
その時だった。
【……ダレモコナイデ】
「っ……!」
リリアーナは小さく肩を震わせる。
頭の奥で響く声。
昨日よりも、はっきりと。
けれど、それは一瞬で消えた。
「リリアーナ様?」
隣のセレナが心配そうに声をかける。
「お顔の色が……。」
「大丈夫です。」
リリアーナは静かに微笑んだ。
「少し考え事をしていただけです。」
そう答えながらも、胸の鼓動は静まらない。
(始まった……。)
ゲームの物語が。
静かに、その幕を開けた。




