第二十八話 小さな違和感
入学して数日。
最初は緊張していた学園生活にも、少しずつ慣れ始めていた。
「おはようございます、リリアーナ様。」
「おはようございます、セレナ様。」
朝の挨拶を交わす二人の表情には、もう初日のようなぎこちなさはない。
「昨日の課題、難しくありませんでしたか?」
「少し悩みましたけれど、何とか終わりました。」
「私もです。」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。
午前の授業が終わると、教室は賑やかな空気に包まれる。
「リリアーナ様、ご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんですわ。」
昼食を囲みながら、他愛のない話に花が咲く。
好きな本。
庭園の花。
休日の過ごし方。
笑い声が絶えない時間だった。
「リリアーナ様は、とてもお話ししやすいですね。」
一人の令嬢がそう言うと、周りも頷く。
「私も最初は緊張していたんです。」
「王太子殿下の婚約者ですし、公爵令嬢ですから……。」
リリアーナは少し困ったように微笑んだ。
「私も皆さんと同じ、一人の生徒ですよ。」
その言葉に、張りつめていた空気がふっと和らぐ。
「これからよろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」
穏やかな笑顔が広がった。
昼食を終え、セレナと並んで廊下を歩く。
窓から吹き込む春風が心地よい。
「実は……。」
セレナが少し言いにくそうに口を開いた。
「入学する前、リリアーナ様のお話をいろいろ耳にしていたんです。」
「私の?」
「はい。」
セレナは照れくさそうに笑う。
「すごく厳しい方だとか、近寄りがたい方だとか……。」
リリアーナは苦笑した。
「そんなふうに思われていたのね。」
「でも、実際にお話ししてみたら全然違いました。」
「安心しました。」
「ふふ。」
思わず二人は笑い合う。
セレナは続けた。
「中には……。」
「悪役令嬢みたいな方だ、なんて言う人までいて。」
その言葉に、リリアーナは一瞬だけ動きを止めた。
――悪役令嬢。
胸の奥で、その言葉だけが静かに響く。
前世の記憶が、ほんの一瞬だけ脳裏をかすめた。
けれど、すぐに笑顔を作る。
「そうだったのですね。」
「ええ。でも、もちろん噂なんて嘘でした。」
「リリアーナ様はとてもお優しくて──」
そこで
セレナの声が、不意に途切れた。
まるで時間が止まったように、その場が静まり返る。
「……セレナ様?」
返事はない。
セレナはゆっくりと顔を上げる。
その瞳からは、さっきまでの優しい光が消えていた。
感情のない瞳。
何かに操られるように、真っ直ぐリリアーナを見つめる。
そして、静かに口を開いた。
「あなたは──」
一拍の沈黙。
「悪役令嬢です。」
リリアーナの呼吸が止まる。
「……え?」
次の瞬間だった。
「……あれ?」
セレナは我に返ったように目を瞬かせる。
「わ、私……。」
自分の口元を押さえ、青ざめる。
「ご、ごめんなさい!」
「どうして……。」
「私、今……何を言ったのでしょう……?」
その様子は、演技には見えなかった。
リリアーナは小さく首を振る。
「気にしないでください。」
「でも……。」
「本当に大丈夫です。」
そう言って微笑むと、セレナは申し訳なさそうに頭を下げた。
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帰宅後。
リリアーナは自室の窓辺に立ち、夕焼けに染まる空を眺めていた。
「悪役令嬢……。」
ぽつりと、その言葉を口にする。
前世で何度も見たゲーム。
その中で、自分が演じるはずだった悪役令嬢役。
「偶然……よね」
そう自分に言い聞かせても、胸の奥に小さな棘が残る。
セレナのあの表情。
あの声。
思い出すたびに、胸の奥が静かにざわめいていた。




