第二十六話 動き出す運命
それから、5年の月日が流れた。
春――。
アルディス公爵家には、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
窓辺に立つリリアーナは、ゆっくりとカーテンを開ける。
柔らかな風が部屋へ流れ込み、花の香りを運んできた。
「……いいお天気。」
その穏やかな声に、扉の向こうから聞き慣れた声が響く。
「お嬢様、お目覚めでございますか。」
「ええ、クララ。」
扉が開き、クララは優しく一礼した。
「おはようございます。本日は、王立学園の入学式でございます。」
「そうだったわ。」
リリアーナは小さく笑みを浮かべる。
「とうとう、この日が来たのね。」
クララも嬉しそうに微笑んだ。
「お嬢様の晴れの日でございます。私も朝から落ち着きません。」
その言葉に、リリアーナは思わず笑ってしまう。
「ふふっ。5年前のお誕生日も、そんなことを言っていたわね。」
「あの時は侍女たち全員が大騒ぎでしたもの。」
「本当に。」
懐かしい思い出に、二人は顔を見合わせて笑い合った。
身支度を終え、食堂へ向かうと、お父様、お母様、お兄様が待っていた。
「おはようございます。」
「おはよう、リリアーナ。」
お母様は娘の姿を見るなり、嬉しそうに目を細められる。
「制服姿も、とてもよく似合っているわ。」
「ありがとうございます、お母様。」
その隣で、お父様は腕を組んだまま、じっとリリアーナを見つめていた。
「……。」
「お父様?」
「本当に学園へ行ってしまうのだな。」
その一言に、お母様は苦笑される。
「あなた、昨日も同じことを仰っていましたよ。」
「そうだったか。」
お兄様も静かに頷いた。
「父上のお気持ちは分かります。」
「私も少し心配です。」
「お兄様まで。」
リリアーナは困ったように笑う。
「私はもう15歳ですよ。」
「分かっております。」
お兄様は穏やかに微笑んだ。
「ですが、リリーはいつまでも大切な妹だから」
その言葉に、お父様も大きく頷く。
「その通りだ。」
思わぬところで意気投合した二人を見て、お母様もクララも笑いを堪えきれない。
食堂は朝から温かな笑い声に包まれた。
朝食を終えたリリアーナは、王立学園へ向かう馬車へ乗り込む。
窓の外を流れる街並みを眺めながら、胸の奥で小さく息をついた。
(いよいよ……。)
前世で何度も目にした、あの学園。
ゲームでは、ここからすべてが始まった。
けれど――。
「今は、あの頃とは違う。」
そっと胸元へ手を添える。
あの日、運命は変わった。
家族がいて。
大切な人たちがいて。
一人ではない。
そう思うだけで、不思議と心が落ち着いた。
やがて馬車は、ゆっくりと止まる。
「お嬢様、到着いたしました。」
クララの声に頷き、リリアーナは馬車を降りた。
目の前には、堂々とそびえ立つ王立学園。
新入生たちの期待に満ちた声が、春風に乗って響いている。
「ここが……。」
リリアーナは静かに学園を見上げた。
今日から始まる、新しい日々。
その一歩を踏み出そうとした、その時だった。
胸の奥が、ほんのわずかにざわつく。
「……?」
けれど、その違和感は一瞬で消えてしまう。
「気のせい……かしら。」
小さく首を傾げると、リリアーナは再び前を向いた。
そして、王立学園の門をくぐる。
新たな運命が、静かに動き始めようとしていた。




