第二〇話 育まれた想い【後編】
「今日、私はそれを確信した。」
国王の静かな言葉が、夜の執務室にゆっくりと響いた。
王妃は穏やかに微笑みながら、昼間の出来事を思い返す。
「湖から上がったあとも、あの子はリリアーナ嬢のそばを離れようとしませんでした。着替えるように言っても、『嫌です』と首を振って……。」
思い出したように、小さく笑う。
「ずいぶん頑固になりました。」
国王も穏やかに口元を緩めた。
「あれも成長だ。誰かを大切に思う心は、人を強くする。」
王妃は静かに頷く。
「それに……。湖へ戻って、クッキーを拾いに行った時には驚きました。」
国王は少し目を細めた。
「あの子にとっては、ただのクッキーではなかったのだろう。あれは、リリアーナ嬢が心を込めて作った贈り物だ。きっと、その想いごと失いたくなかった。」
王妃は優しく微笑む。
「花冠もそうでした。蝶々の刺繍が入ったハンカチも。
今日のクッキーも……。
どれも大切にしていました。」
国王は静かに頷いた。
「あの子は、贈り物そのものではなく。」
「そこに込められた想いを、大切にしている。」
短い沈黙が流れる。
やがて王妃が、小さく息をついた。
「リリアーナ嬢と出会ってから、本当に変わりましたね。」
国王はゆっくりと窓の外へ目を向ける。
「ああ。以前のエリアスは、守られることが当たり前だった。だが今は違う。
誰かを守りたいと願い、そのために自ら動くことができる。」
王妃は嬉しそうに微笑んだ。
「リリアーナ嬢が、あの子の心を育ててくださったのですね。」
国王は静かに首を横へ振る。
「いや。きっと、お互いだ。リリアーナ嬢もまた、あの子と出会い、少しずつ変わっている。」
王妃はその言葉に優しく頷いた。
「そうですね。二人は支え合いながら、共に成長しているのでしょう。」
国王はゆっくりと席を立つ。
「以前から考えていたことがある。」
王妃は静かに国王を見つめた。
「アルディス公爵家との婚約だ。」
その言葉に、王妃は少しだけ目を見開く。
けれど、すぐに穏やかな笑みが浮かんだ。
「私も……いつかそうなればと願っておりました。」
国王は静かに頷く。
「今日、その考えに迷いはなくなった。もちろん、まだ幼い。急ぐことはせぬ。だが、リリアーナ嬢が十歳を迎えた折に、正式にアルディス公爵へ申し入れよう。」
王妃は嬉しそうに微笑んだ。
「きっと、お似合いのお二人になりますね。」
国王もまた、小さく微笑む。
「そう願いたい。」
二人は静かに部屋を後にした。
その頃――。
何も知らないリリアーナは、穏やかな眠りについていた。
そしてエリアスもまた、自室で静かに目を閉じる。
昼間の出来事を思い返しながら。
小さな胸に芽生えた温かな想いを、大切に抱きしめるように。
まだ誰も知らない。
この夜に交わされた一つの決意が、やがて二人の未来を大きく動かしていくことを。




