第145話 断罪イベント前
学園で起きた異変から、三日が過ぎた。
王都は未だ騒然としていた。
理由もなく割れる窓ガラス。
誰もいない場所から聞こえる奇妙な音。
空が一瞬だけ歪んだという証言。
人々は不安を口にしながらも、その原因を知る者はいない。
王立学園は無期限の休校となり、生徒たちは自宅待機を命じられていた。
けれど。
リリアーナだけは知っていた。
(世界が……限界を迎えている。)
窓の外を見つめる瞳に、不安が滲む。
その時。
コンコン、と静かなノックが響いた。
「失礼いたします。」
オーウェンが一礼する。
「王宮より緊急召集です。」
「……やはり。」
リリアーナは静かに立ち上がった。
王宮。
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
部屋にはすでにエリアスたちが集まっていた。
「リリアーナ。」
エリアスが穏やかに微笑む。
その隣ではフィンが腕を組み、
「よう。」
と軽く手を上げる。
セドリックとヴィンセントも小さく会釈をした。
そして。
「リリアーナ様。」
オリヴィアが優しく微笑む。
屋上での出来事以来、その笑顔はどこか以前よりも柔らかくなっていた。
国王がゆっくりと口を開く。
「皆、よく集まってくれた。」
その表情は険しい。
「王都各地で不可解な現象が続いている。」
「本日だけでも、王城内で十五件のガラス破損が確認された。原因は不明。魔法でも説明がつかぬ。」
部屋に重苦しい空気が流れる。
国王は静かにリリアーナを見る。
「エリアスから話は聞いた。そなたは何か知っているそうだな。」
全員の視線が集まる。
以前なら。
きっと話せなかった。
けれど今は違う。
リリアーナはゆっくりと頷いた。
「……はい。」
そして静かに語り始める。
前世のこと。
ゲームのこと。
悪役令嬢として定められた未来。
卒業式での断罪。
運命を変えようとしたこと。
ガラスのひび。
【アクヤクレイジョウ】という声。
そして今、
世界そのものが自分を消そうとしていること。
誰一人、口を挟まなかった。
長い沈黙のあと。
最初に笑ったのはフィンだった。
「なるほど。つまり相手は運命ってことか。」
肩を回しながら笑う。
「面白いじゃん。」
リリアーナは思わず目を丸くする。
「……怖くないんですか?」
「怖いさ。」
フィンはあっさり認めた。
「でもさ。」
「友達一人守れなくて、騎士なんて名乗れないだろ?」
その言葉にリリアーナの胸が熱くなる。
続いてヴィンセントが微笑む。
「私も同じ考えです。相手が人であろうと、運命であろうと。守るべき人は変わりません。」
セドリックは静かに眼鏡を押し上げた。
「正直、理論では説明できません。ですが、リリアーナ様が嘘をつく理由もありません。」
オリヴィアは優しく微笑みながら頷く。
「私は最初から信じています。リリアーナ様は、誰よりも優しい方ですから。」
リリアーナの瞳が潤む。
そして。
エリアスが一歩前へ出た。
「これで全員同じだ。もう君一人の戦いじゃない。」
その一言が胸へ深く響いた。
リリアーナが小さく笑った、その瞬間だった。
パリンッ!!
激しい破砕音が部屋中へ響く。
窓ガラスが一斉に砕け散る。
「なっ……!」
誰かが息を呑む。
しかし。
砕けたはずのガラスは床へ落ちない。
空中で止まっていた。
まるで時間が止まったように。
その奥。
何もない空間へ一本の亀裂が走る。
ピシッ。
さらに。
二本。
三本。
蜘蛛の巣のように広がっていく。
今までリリアーナにしか見えなかった亀裂。
だが今回は違う。
「……見える。」
エリアスが呟く。
「これは……。」
フィンも息を呑む。
ヴィンセントも。
セドリックも。
オリヴィアも。
全員が空間の亀裂を見つめていた。
その時だった。
世界のどこからともなく、冷たい声が響く。
【シナリオヲカイシ】
部屋の空気が震える。
【ダンザイイベント】
リリアーナの顔から血の気が引く。
「まさか……!」
【カイシ】
眩い白い光が全員を包み込んだ。
視界が真っ白に染まる。
身体が浮かぶような感覚。
そして。
静寂。
ゆっくりと目を開ける。
豪華なシャンデリア。
赤い絨毯。
色鮮やかなステンドグラス。
そして、正装に身を包んだ大勢の貴族たち。
見覚えのある光景。
忘れることのできない舞台。
リリアーナの唇が震える。
「そんな……。」
震える声が静かな会場へ溶けていく。
「始まってしまった……。」
エリアスがリリアーナの隣へ歩み寄る。
「リリアーナ。」
「ここが……。」
リリアーナはゆっくりと頷いた。
青ざめた表情のまま、その言葉を口にする。
「ゲームの……断罪イベントです。」




