第136話 現実
朝日が馬車の窓から静かに差し込んでいた。
規則正しく揺れる車輪の音だけが、小さく耳に届く。
私はぼんやりと窓の外を眺めながら、昨日の出来事を思い返していた。
校外学習。
ゲームとは違う結果になった一日。
エリアス様が、私の髪へ花を飾ってくださった。
あの時は、本当に嬉しかった。
けれど、その後――。
突然降り出した豪雨。
誰の姿も見えなくなった森。
何もない空間に浮かんだ、ひび割れ。
そして、私だけに聞こえた、あの声。
――【アクヤクレイジョウ】
思わず胸元をぎゅっと押さえる。
あの声は、今思い出しても身体が震えそうになる。
今までも、ゲームとは違う出来事は何度もあった。
未来が少しずつ変わるたび、ガラスにひびが入ることもあった。
でも、それだけだった。
翌日になればひびは消え、誰も気付いていなかった。
だけど昨日は違う。
あの豪雨も。
空間に走ったひびも。
そして、突然みんなが私を悪役令嬢だと責め始めたことも。
以前にも噂はあった。
けれど、あんなふうに、その場にいた人たち全員が一斉に私を非難することなんてなかった。
あれも……ゲームの力なの?
静かに息を吐く。
頭の中で、一つの疑問が浮かんだ。
――私は、ゲームの中にいるの?
馬車がゆっくりと速度を落とし、やがて止まる。
「お嬢様、学園へ到着いたしました。」
「あ、…ありがとう。」
御者へお礼を伝え、リリアーナは馬車を降りた。
朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、校門へ向かって歩き出す。
「あっ!」
聞き慣れた明るい声に顔を上げる。
「おはようございます! リリアーナ様!」
オリヴィアが嬉しそうに手を振っていた。
その隣には、優しく微笑むエリアス様。
「おはよう、リリアーナ。」
二人とも、昨日のことなど感じさせない穏やかな笑顔だった。
二人とも……。
私を心配して、待っていてくださったんだ。
胸の奥がじんわりと温かくなる。
私はゲームの中にいる?
……ううん。
そんなはずない。
エリアス様の笑顔も。
オリヴィアの優しさも。
誰かに決められたものじゃない。
「おっはよー! リリアーナ!」
「おはようございます、リリアーナ。」
「おはようございます。昨夜は、よく眠れましたか?」
振り向けば、フィン、セドリック、ヴィンセントもこちらへ歩いてくる。
みんなが、私を気遣うような優しい表情を浮かべていた。
……みんな、来てくれた。
嬉しさで胸がいっぱいになり、頬が少し熱くなる。
「お、おはようございます……っ。」
少し照れながらそう返すと、みんなが安心したように笑った。
その笑顔を見つめながら、私はそっと心の中で呟く。
これは、私が前世で遊んだゲームの中じゃない。
みんなが生きて、笑って、想い合う――。
ここは現実の世界なんだ。




