第133話 忍び寄る違和感
昼食の時間になると、生徒たちは思い思いの場所へ腰を下ろした。
リリアーナたちも、大きな木の下へ集まる。
「やっとご飯だー!」
フィンは嬉しそうに包みを開き、大きく息を吸い込んだ。
「今日は朝から歩きっぱなしだったからね!」
「……お前は歩いていなくても腹が減るだろう。」
セドリックが呆れたように言う。
「失礼だな!」
そんな二人のやり取りに、自然と笑いが広がる。
オリヴィアも口元へ手を添え、小さく笑っていた。
「皆さんと一緒だと、お食事も楽しいですね。」
「そうだね。」
フィンが元気よく頷く。
「またみんなで来たいな!」
エリアスは穏やかに微笑みながら、ふとリリアーナへ視線を向けた。
髪へ飾られた一輪の花が、風に揺れている。
目が合うと、リリアーナは少し照れたように微笑んだ。
その笑顔を見て、エリアスも静かに微笑み返す。
(変えられた……。)
リリアーナはそっと花へ触れる。
(本当に、未来は変えられるんだ。)
胸の奥を締め付けていた恐怖は、少しずつほどけていた。
このまま何事もなく、一日が終わる。
そう思っていた。
「集合時間です!」
教師の笛が森へ響き渡る。
生徒たちは次々と集合場所へ戻り始めた。
リリアーナたちも他愛のない話をしながら歩いていく。
「帰ったら今日は早く寝られそう。」
フィンが大きく欠伸をする。
「まだ帰っていないぞ。」
「えへへ。」
そんな何気ない会話が心地よかった。
ところが――。
集合場所が見えてきた、その時だった。
「……ねぇ。」
どこからか、小さな声が聞こえた。
リリアーナは足を止める。
「聞いた?」
「本当らしいわよ。」
ひそひそ、と声が重なる。
最初は何を話しているのか分からなかった。
けれど。
「悪役令嬢なんですって。」
その言葉だけは、はっきりと耳へ届いた。
リリアーナの身体が強張る。
「最低よね……。」
「最近、エリアス殿下の悪口を言っていたって。」
「オリヴィア様にも嫌がらせをしているらしいわ。」
「信じられない。」
一人。
また一人。
まるで波紋が広がるように、その言葉は周囲へ伝わっていく。
(そんな……。)
リリアーナは周囲を見渡した。
話している生徒たちに見覚えがある。
以前、笑顔で話したことのある子。
挨拶を交わしたことのある子。
みんな、こんな噂を信じるような人たちではなかった。
なのに。
まるで最初からそう思っていたかのように話している。
「……何を言っているんだ…」
低い声が響いた。
エリアスだった。
穏やかな瞳から笑みは消え、その視線は生徒たちへ向けられている。
周囲が静まり返る。
フィンは信じられないという表情で辺りを見回した。
「え……何それ……。」
セドリックは険しい表情を浮かべる。
「リリアーナがエリアスの悪口を言う…?」
ヴィンセントも静かに眉をひそめた。
オリヴィアは一歩前へ出る。
「皆さん、何か勘違いをなさっています。」
その声にも、生徒たちは戸惑ったような顔を見せるだけだった。
「でも……。」
「聞いたもの。」
「みんな言っているし……。」
誰も悪意があるようには見えない。
本当に、そう信じている目だった。
リリアーナの脳裏に、あの小さなひびが浮かぶ。
その考えが胸をよぎった瞬間、背筋に冷たいものが走る。
エリアスは静かにリリアーナの前へ立った。
まるで守るように。
その背中を見つめながら、リリアーナは唇を強く噛み締める。
(ゲームの力が)
(私を、悪役令嬢に戻そうとしている――。)




