第126話 忍び寄る記憶【前編】
学院の木々は青々と葉を茂らせ、吹き抜ける風にも少しずつ夏の気配が混じり始めていた。
王国課題が始まってから、気づけば季節は大きく移り変わっていた。
市場や農村で集めた情報は少しずつ形になり、図書室での資料集めも順調に進んでいる。
課題について話し合う時間は以前よりも自然になり、今では互いに考えを伝え合うことが当たり前になっていた。
「リリアーナ、この資料はもう確認した?」
「はい。ですが、この部分だけ少し気になっていて……。」
私が指差した資料を見たエリアス様は、穏やかに微笑まれる。
「なるほど。確かにその視点は大切だね。」
そう言って私の考えを否定することなく、さらに新しい視点を加えてくださる。
その言葉に、私は自然と笑みを浮かべた。
王国課題を通して知ったのは、この国のことだけではない。
エリアス様は、人の話を最後まで聞いてくださる方だということ。
どんな小さな意見も決して軽く扱わず、一緒に考えてくださるということ。
そんな優しさに、私は何度も救われていた。
ふと窓の外へ目を向ける。
青空の下では、生徒たちが笑いながら校庭を歩いている。
(……平和ね。)
最近は、不思議なくらい穏やかな毎日が続いていた。
ガラスにひび割れが現れることもない。
あの【】の声を聞くこともない。
ゲームのことを思い出す日さえ、少なくなっていた。
(きっと、大丈夫。)
そんな言葉が自然と胸に浮かぶ。
前世の記憶に怯え、未来を変えようと必死だった頃が、遠い昔のように思えた。
今は仲間がいる。
家族がいる。
そして――エリアス様がいる。
だからもう、一人で怯える必要なんてない。
そう思った、その時だった。
ズキッ……
突然、こめかみに鋭い痛みが走る。
「っ……。」
思わず額へ手を当てる。
「リリアーナ?」
エリアス様の声が聞こえる。
返事をしようと口を開く。
けれど――
耳に届くはずの声が、少しずつ遠ざかっていく。
教室のざわめき。
紙をめくる音。
風の音。
すべてが、水の中へ沈んでいくように遠くなる。
(え……?)
視界がゆっくりと白く霞んでいく。
目の前にいたはずのエリアス様の姿も、仲間たちの姿も消えていく。
代わりに現れたのは――
見覚えのある、あの景色だった。
王立学園の正門。
鮮やかな青空。
そして、私ではない誰かの視点。
(……まさか。)
胸が大きく脈打つ。
私は、この景色を知っている。
忘れようとしても、忘れられるはずがない。
前世で何度も見た――
ゲームの始まりだった。




