第123話 家族の食卓
農村から戻った日の夕暮れ。
アルディス公爵家の食堂には、焼きたてのパンと温かな料理の香りが広がっていた。
「リリィ、今日は随分遅かったね。」
席についたルシアンが笑顔で声を掛ける。
「王国課題で農村へ行ってきたの。」
リリアーナが答えると、お父様が興味深そうに顔を上げた。
「ほう。王都ではなく農村か。」
「はい。」
リリアーナは今日一日の出来事をゆっくり話し始めた。
王都の市場で聞いたこと。
街道が傷んでいること。
農村では人手が足りず、収穫した作物を運ぶのにも苦労していること。
話が進むにつれ、お父様は静かに頷いていた。
「なるほど……。」
「学院では、そのような実践的な課題を行っているのだな。」
「教室で学ぶだけでは分からないことが、たくさんありました。」
リリアーナがそう答えると、お母様が優しく微笑む。
「リリアーナ、とても良い経験になったのね。」
「はい。」
その笑顔に、自然と頬が緩む。
するとルシアンが、くすっと笑った。
「リリィ、帰ってきてから手帳ばかり見てるよね。」
「えっ……。」
「さっきも廊下で何か書き足してただろ?」
リリアーナは少し照れたように笑う。
「忘れないうちに書いておきたくて……。」
「昔のリリィなら、本なんて閉じたら終わりだったのに。」
「ルシアンお兄様!」
思わず頬を膨らませると、食卓に笑いが広がった。
お父様も珍しく笑みを浮かべる。
「それだけ真剣に取り組んでいるということだ。」
「その経験は、必ず将来の糧になる。」
その言葉に、リリアーナは背筋を伸ばした。
「はい。」
食事を終え、自室へ戻る。
机の上に手帳を開くと、今日書き留めた文字が目に入った。
『街道の整備』
『人手不足』
『市場と農村はつながっている』
その横に、新しく一行だけ書き加える。
『人の暮らしを知ることが、この国を知る第一歩。』
書き終えると、小さく息をついた。
窓を開けると、夜風がカーテンを揺らす。
遠くには学院の灯りが見えていた。
王国課題は、まだ始まったばかり。
けれど一歩ずつ、自分の知らなかった世界が広がっている。
そのことが、少しだけ嬉しかった。
翌朝。
登校したリリアーナが教室へ入ると、エリアスがいつもの席で本を閉じた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
「昨日は手帳の整理、終わった?」
その一言に、リリアーナは思わず笑ってしまう。
「どうして分かったんですか?」
「君なら、きっとそうしていると思ったから。」
二人は顔を見合わせて笑う。
その時、教室の扉が開き、担当教師が姿を現した。
「それでは授業を始めます。」
穏やかな学院の日常が、今日も静かに始まろうとしていた。




