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第十話 ようこそ、アルディス公爵家へ【後編】



翌日――。


アルディス公爵家では、朝からどこか弾んだ空気が流れていた。


窓から見える庭は、春の花々が色鮮やかに咲き誇り、小鳥たちが楽しそうにさえずっている。


私は何度もハンカチを手に取り、その蝶々の刺繍を見つめていた。


「緊張しているの?」


お母様が優しく微笑まれる。


「……少しだけ。」


私は照れくさそうに笑った。


「喜んでいただけるでしょうか。」


お母様はそっと私の肩に手を添えられる。


「きっと大丈夫。」


「リリアーナが心を込めて作った贈り物ですもの。」


その言葉に、私は小さく頷いた。


「はい。」


その時――。


遠くから馬車の音が聞こえてくる。


「お嬢様。」


侍女が静かに一礼する。


「王宮の馬車が到着いたしました。」


胸がどきりと高鳴った。


私はお父様、お母様とともに玄関へ向かう。


ゆっくりと馬車の扉が開き、国王陛下、王妃様、そしてエリアス殿下が姿を現された。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます。」


国王陛下が穏やかにおっしゃる。


お父様も丁寧に一礼された。


「ようこそお越しくださいました。」


私は一歩前へ進み、スカートの裾を軽くつまむ。


「ようこそ、アルディス公爵家へ。」


エリアス殿下は嬉しそうに笑顔を見せた。


「また会えたね、リリアーナ!」


「はい。」


「お会いできて、とても嬉しいです。」


王妃様は、そんな二人を見て優しく微笑まれる。


「今日も仲良く遊んでいらっしゃい。」


「はい!」


私たちは元気よく返事をした。


* * *


庭園には、色とりどりの花が風に揺れていた。


「ここが、私のお気に入りのお庭です。」


「すごい!」


エリアス殿下は目を輝かせる。


「王宮のお庭とは、また違うね。」


「こちらへどうぞ。」


私は花壇や小さな温室を案内した。


温室では、お母様が大切に育てている季節の花々が咲いている。


「このお花、とてもいい香り。」


エリアス殿下が嬉しそうに笑う。


「母上にも教えてあげよう。」


その言葉に、私も自然と笑みがこぼれた。


やがて東屋で、お茶と焼き菓子が用意される。


「どうぞ、お召し上がりください。」


「ありがとう!」


エリアス殿下は焼き菓子を一口食べると、ぱっと顔を輝かせた。


「おいしい!」


「母上にも食べてもらいたいな。」


お母様は照れくさそうに微笑まれる。


「ありがとうございます。」


穏やかな笑い声が庭に広がっていった。


* * *


楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。


「そろそろ、お暇いたしましょう。」


国王陛下のお言葉に、私は少しだけ寂しさを覚えた。


その時だった。


「あの……。」


私は小さく声をかける。


「エリアス殿下。」


「なあに?」


私は胸の前で大切に抱えていた包みを差し出した。


「あの日、花冠をいただいたお礼です。」


「私が初めて作ったものなので、あまり上手ではありませんが……。」


エリアス殿下は目を丸くしながら包みを受け取る。


「開けてもいい?」


「はい。」


そっと包みを開くと、中から白いハンカチが現れた。


その隅には、小さな蝶々が一羽、丁寧に刺繍されていた。


「この蝶々……。」


エリアス殿下は刺繍をじっと見つめる。


私は少し照れながら微笑んだ。


「あの日、エリアス殿下と一緒に蝶々を追いかけて、とっても楽しかったので……。」


「その思い出を、お礼と一緒にお渡ししたいと思いました。」


しばらくの間、エリアス殿下は何も言わなかった。


やがて、青い瞳がぱっと輝く。


「あっ!」


「こんにちはって、お花に挨拶してた蝶々だね!」


その一言に、私も嬉しくなって頷く。


「はい。」


「覚えていてくださったのですね。」


「もちろん!」


エリアス殿下は大切そうにハンカチを胸に抱きしめた。


「ありがとう!」


「すっごく嬉しい!」


その笑顔を見た瞬間、胸の中の緊張がふわりとほどけていく。


「喜んでいただけて、よかったです。」


エリアス殿下はハンカチを見つめながら、嬉しそうに笑った。


「今日から毎日持ち歩くね!」


その言葉に、私は思わず笑顔になる。


「ありがとうございます。」


王妃様とお母様は、少し離れた場所から二人を見守り、優しく目を細められていた。


やがて馬車がゆっくりと動き出す。


窓から身を乗り出したエリアス殿下は、大きく手を振った。


「また遊びに来るね!」


私も精いっぱい手を振り返す。


「はい。」


「楽しみにしております。」


春風が優しく吹き抜ける。


遠ざかっていく馬車を見送りながら、私は胸の前でそっと両手を重ねた。


今日という日もまた、私にとって大切な思い出になった。


そして、小さな白い蝶は、二人の心の中でこれからも優しく羽ばたき続けるのだった。

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