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第九話 ようこそ、アルディス公爵家へ【前編】



窓から吹き込む春風が、レースのカーテンを揺らしていた。


私は机の上に置かれた小さな箱をそっと開ける。


その中には、押し花にした花びらが大切にしまわれていた。


あの日――。


エリアス殿下が作ってくださった花冠。


花びらは少しだけ色を変えていたけれど、あの日の思い出は今も鮮やかなままだった。


「リリアーナ。」


優しい声に顔を上げる。


「はい、お母様。」


お母様は私の隣へ腰掛けられ、箱の中を覗き込まれた。


「花冠をご覧になっていたのね。」


「はい。」


私は小さく頷く。


「とても大切な宝物です。」


お母様は嬉しそうに微笑まれた。


「エリアス殿下が、一生懸命作ってくださったものですものね。」


その言葉に、自然と笑みがこぼれる。


「あの日のことを思い出すと、とても温かい気持ちになります。」


少しだけ間を置いてから、私はお母様を見つめた。


「お母様。」


「どうしたの?」


「私も……お礼がしたいのです。」


「お礼?」


「はい。」


私は花冠をそっと見つめる。


「こんなに素敵な贈り物をいただいたので、私も何か差し上げたいと思って……。」


お母様は少し考えたあと、優しく微笑まれた。


「それなら、手作りの贈り物はいかがかしら。」


「手作り……ですか?」


「ええ。」


「上手であることよりも、心を込めて作ることが一番大切なのよ。」


その言葉に、私は目を輝かせた。


「私にも、作れるでしょうか。」


お母様は私の手をそっと包み込む。


「もちろんよ。」


「一緒に作りましょう。」


「はい!」


嬉しくなって、思わず声が弾んだ。


お母様は侍女へ声をかけられる。


「刺繍箱を持って来てくださる?」


「かしこまりました。」


しばらくすると、小さな木箱が運ばれてきた。


蓋を開けると、色とりどりの糸や針がきれいに並んでいる。


「まあ……。」


私は思わず見入ってしまう。


「きれいですね。」


「今日は、この白いハンカチに刺繍をしてみましょう。」


お母様は白いハンカチを私の前へ広げられた。


私は針を持ち、教えていただいた通りに糸を通そうとする。


けれど――。


「あれ……。」


糸は穴の横を通り過ぎてしまう。


もう一度。


それでもうまくいかない。


何度目かの挑戦でようやく糸が通ると、思わず顔がほころんだ。


「できました!」


「ふふっ。」


お母様も嬉しそうに笑われる。


「上手よ。」


今度は針を進めてみる。


けれど力加減が分からず、針先が指先に触れてしまった。


「いたっ。」


小さく声を上げる私に、お母様は慌てることなく優しく手を取られた。


「大丈夫?」


「はい……。」


少しだけ恥ずかしくなって俯く。


すると、お母様はくすりと笑われた。


「最初から上手にできる人はいないわ。」


「焦らなくて大丈夫。」


「大切なのは、エリアス殿下に喜んでいただきたいという気持ちよ。」


その言葉に、私はもう一度頷いた。


「はい。」


今度はゆっくり。


一針、一針。


心を込めて縫い進めていく。


しばらくして、お母様が優しく尋ねられた。


「どんな模様を刺繍するの?」


私は少しだけ考えてから、小さく微笑んだ。


「蝶々にしたいです。」


「まあ。」


「どうして蝶々なの?」


私は、あの日の庭園を思い浮かべる。


春風に乗って舞う白い蝶。


嬉しそうに追いかけるエリアス殿下。


自然と笑みがこぼれた。


「……あの日、エリアス殿下と一緒に蝶々を追いかけて、とっても楽しかったからです。」


「その思い出を、お礼と一緒にお渡ししたいと思いました。」


お母様は優しく目を細められる。


「ふふっ。」


「それはきっと、世界に一つだけの素敵な贈り物になるわ。」


私は嬉しそうに頷いた。


「はい。」


「心を込めて作ります。」


白いハンカチの隅には、小さな蝶々が少しずつ姿を現し始めていた。


少しだけ羽の形は歪だったけれど、それは私が初めて縫い上げた、世界でたった一つの蝶々だった。


その時だった。


コンコン。


部屋の扉が叩かれる。


「お嬢様。」


侍女が一通の手紙を持って入って来る。


「王宮より、お手紙が届いております。」


お母様が封を開けられると、ふっと優しく微笑まれた。


「まあ。」


「明日、エリアス殿下が遊びにいらっしゃるそうよ。」


私は思わず胸の前でハンカチを抱きしめた。


(喜んでいただけるでしょうか……。)


少しだけ緊張しながらも、その胸は期待でいっぱいだった。

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