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第108話 いつもの時間





「おはようございます、お父様、お母様。」


「おはよう、リリィ。」


食堂にはいつもの穏やかな空気が流れている。


ルシアンもすでに席についており、リリアーナの姿を見ると優しく微笑んだ。


「リリィ、昨夜はよく眠れたかい?」


「はい。ご心配をおかけしました。」


「ガラス細工のことは気にしなくていい。また新しいものを贈るよ。」


リリアーナは首を横に振る。


「ありがとうございます。でも……あれは、お兄様からいただいた大切な贈り物でしたから。」


その言葉にルシアンは少し照れくさそうに笑った。


「そう言ってもらえるだけで十分だよ。」


公爵夫妻はそんな兄妹のやり取りを、穏やかな表情で見守っていた。









馬車に揺られ、王立学園へ到着する。


教室へ入ると、フィンが大きく手を振った。


「リリアーナ! おはよう!」


「おはようございます、フィン。」


「今日は歴史の小テストだったよな?」


「ええ。昨日しっかり復習しました。」


「うわぁ……俺、終わったかも。」


フィンは頭を抱え、教室に笑いが広がる。


「自業自得だ。」


セドリックが静かに本を閉じながら呟く。


「昨日、『明日やればいい』って言ってたじゃないか。」


「言ったけど、本当に明日が来るとは思わなかった!」


「毎日来るよ。」


ヴィンセントがぽつりと言うと、フィンは机に突っ伏した。


思わずリリアーナも笑みをこぼす。


そこへエリアスが教室へ入ってきた。


「おはよう。」


「おはようございます、エリアス様。」


自然に視線が重なる。


「体調はもう大丈夫?」


「はい、おかげさまで。」


「それなら良かった。」


短いやり取り。


けれど、その言葉だけで心が温かくなる。





午前の授業を終え、昼休み。


中庭にはあたたかな風が吹き、色とりどりの花が咲いていた。


リリアーナはオリヴィアと並んで歩く。


「今日は暖かいですね。」


「はい。お散歩したくなるくらい。」


二人が笑い合っていると、少し離れた場所からフィンの声が聞こえた。


「おーい! みんなこっちだ!」


エリアスたちも木陰で昼食を広げている。


「行きましょう。」


「ええ。」


リリアーナは自然と歩き出した。


その何気ない毎日が、とても愛おしかった。


だからこそ――


失いたくない。


そう願った、その時だった。


ピシッ。


どこからか、小さな音が耳に届く。


リリアーナだけが足を止めた。


「……?」


辺りを見回す。


窓ガラスも、温室も、花瓶も変わらない。


誰も気付いていない。


「リリアーナ?」


エリアスが不思議そうに声を掛ける。


「どうかした?」


「……いえ。」


小さく微笑み、歩き出す。


けれど胸の奥のざわめきは消えなかった。


あの音は、確かに聞こえた。


まるで何かが、少しずつ壊れ始めているかのように。

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