第104 鏡の中の悪役令嬢
リリアーナは震える息を吐きながら、机の上の一輪挿しを見つめていた。
消えないひび。
それだけでも十分に異常だった。
「どうして……。」
誰に問いかけても、答えは返ってこない。
部屋は静まり返り、時計の針だけが規則正しく時を刻んでいる。
このまま見つめていても何も変わらない。
そう思い、ゆっくりと視線を逸らした。
身支度を整えようと鏡台の前へ立つ。
その瞬間――
「……え?」
鏡に映った自分の姿に、息が止まった。
そこにいたのは、確かにリリアーナだった。
けれど、その表情が違う。
口元には薄く浮かぶ笑み。
人を見下ろすような冷たい眼差し。
気品に満ちているはずなのに、どこか禍々しい。
まるで、ゲームの中で見続けてきた――
悪役令嬢リリアーナ。
「……違う。」
思わず一歩後ずさる。
しかし、鏡の中のリリアーナは動かない。
こちらを見つめたまま、静かに微笑んでいる。
「違う……私は……。」
胸が締めつけられる。
指先が冷え、呼吸が浅くなる。
鼓動だけが耳の奥で大きく鳴り響いた。
「やめて……。」
掠れた声が漏れた、その時。
鏡の中のリリアーナが、ほんのわずかに口角を上げた。
まるで――
「あなたは悪役令嬢でしょう?」
そう語りかけるように。
「いやっ……!」
リリアーナは思わず鏡から目を逸らし、その場にしゃがみ込んだ。
肩は小刻みに震え、止めようとしても震えは収まらない。
部屋には再び静寂が戻る。
それでも、鏡の向こうから冷たい視線だけが、いつまでも自分を見つめ続けているような気がしてならなかった。




