第九話 読み合い
剣を抜き構える。相変わらず敵は見えず、音は聞こえない。ジャンは警戒を緩めない。視界の五m先に四足で移動する小柄な人影が見えた。
小柄な人影はジャンの視界に入ると、飛び退いた。その後はすぐに見えなくなる。
奇襲を試みたが、ばれたので距離を取った。あのまま敵が迷わず突っ込んできたら、ジャンには斬れたので歯がゆい。
相手は用心深い。ジャンがゆっくり前に出る。敵の姿は見えない。敵はジャンの速度に合わせてゆっくり下がっている。敵はジャンに悟られない距離をしっかりと把握している。
何かが空をきって飛んできた。
「狙いは顔か」
ジャンはとっさに剣を盾にした。剣に金属が当る音がした。見えない場所からのナイフの投擲だった。薄暗がりで投げられたナイフを見切るのは難しい。されど、相手の目標がわかれば防ぐのは容易い。
ナイフによる連続攻撃を避けるためにジャンは距離を詰める。敵の姿が視界にチラチラと映った。完全に姿が見えないのは、ジャンが距離を詰めるたびに小刻みに後退しているせいだ。
敵は背を向けて一目散に逃げない。小まめな移動を繰り返し、ジャンから離れない。時折とナイフが飛んでくる。剣で弾いた時に感じたが、ナイフにそれほどの威力はない。
「鎧の隙間に命中しなければ問題ない」
防ぎきれずにナイフが肩や太腿に当たった。ジャンの予想通りにナイフは革鎧を貫通はできなかった。ジャンが移動し、敵も移動しているので、ナイフの狙いは精度を欠いていた。
結果、鎧の隙間に敵はナイフを当てられない。
敵が急に遠ざかる気配がする。倒せないと判断して敵が背を向けた。一気に距離を詰めて背後から斬れば勝負有りだ。ここでジャンは悲鳴の件が頭をよぎった。
「待て、罠か?」
焦って追えば危険だ。罠があれば誘い込まれる。仮に道の先に落とし穴があるとする。場所を知っている敵は跳び越えられる。
跳んだ姿が見えなければ、ジャンは落とし穴の場所に気付けない。穴の下に槍が生えていたら終わりだ。
ジャンは足を止めた。敵の姿は見えないが、気配は遠ざかる。ジャンを罠に掛けるのは無理と敵は判断した。敵は迷わず走り去った。だが、罠の有無が不明なので、剣を構えて用心する。
「一人で先に進んでは危険です。待ってください」
声を掛けてマキアが歩いて来る。マキアの声にはさすがに緊張が滲んでいた。
もし、マキアが昼の襲撃者の仲間だったとする。マキアがジャンを始末したかったら、「逃がさないでください」ないしは「急いで追ってください」と命令するはず。
敵は逃がしたが、マキアがジャンを誘いこんで始末しようとしている線は薄くなった。
ジャンの傍までマキアが来たので確認する。離れていてもマキアには敵が見えていたので答え合わせだ。
「逃げた敵はどこかで跳んでいなかったか?」
ジャンの言葉にマキアが意外そうな顔で答える。
「逃げる途中で大きくジャンプしましたが、見えたんですか?」
「やはりか、そこに罠があるはずだ。近くまで行ってみよう」
マキアが教えてくれた位置の手前で止まる。前方の床を剣の柄で叩きながら進む。三mも進むと床に大きな血の跡があった。その先の床を叩くと。大きく開いた。穴の深さは三mほどだが、下には大きな杭が突き出ていた。
杭には前の犠牲者の死体が二つ刺さっている。死体からは血が流れているので先の悲鳴の主だ。何が起きたかジャンには理解できた。
「一人は穴に落ちて即死。もう一人は落とし穴に直前で気が付いた。そこで慌てて敵に背を見せた。敵に背後から致命傷となる一撃を受けて、悲鳴を上げて死んだ」
マキアがしゃがんで下を覗く。
「死体が通路にあると次の獲物に警戒される。だから、穴の下に捨てた。ゆえに、死体が二つですか」
穴の底に転がる二人が愚かだとは考えない。罠の危険性に気が付かなかったら、穴の底に転がっていた死体にジャンとマキアの分が追加された。
マキアが首を動かして穴の底を観察する。
「金目の物は持ってなさそうです。下りて調べますか?」
「はい、って答えたら。俺を下に行かせる気だろう?」
死人を前にしてもマキアは動じない。マキアもやはり悪人島の住人だ。
「私だと下りても戻ってくるのが大変です。それに服も汚れます」
正直な女だと思った。
「なら俺の答えは、いいえだ。死んだ場所と時間から考えると、金目の物を持って帰る途中だとは思えない」
サバサバした態度でマキアは語った。
「ゴミ同然の遺品を苦労して持って帰っても無駄です。悪党島の住民で、帰りを待つ人はいませんから」
「マキアに待っている人はいないのか」とは尋ねない。いればマキアは先とは別の言葉を口にした。
落とし穴は通路の中央にある。落とし穴になっている通路は距離して四mある。
通路の天井までの高さは大剣を振り上げても問題ないくらいある。革鎧を着ていても助走を付ければジャンなら楽に跳び越えられる。だが、マキアは安全な場所まで跳べるかといえば、危ない。
壁と落とし穴の間には隙間があった。壁に背を付けゆっくり進めば通れる。この場合、マキアがよほど鈍臭くなければ安全である。問題は帰りである。
少なくともこの先に敵が一人いる。もし、逃げなければいけない事態になれば、ジャンは落とし穴を跳んで逃げられる。だが、マキアは逃げきれない。
「俺はどっちでもいい。引き返して別の道を探すか? それとも、このまま進むか?」
「進みましょう。上手く行けば、敵の休憩所があるかもしれない。見つければ敵の予備の装備が手に入ります。杭による穴がない鎧なら少額ですが利益になります」
マキアが馬鹿なのか頭が良いのかわからない。だが、やり易いのは確かだ。マキアと一緒に落とし穴を超えて先に進む。今度は直線に伸びる通路と緩やかな下り坂になっている分岐があった。
直線の通路にはコインが落ちている。コインは一枚ずつ置かれており、通路の先へと続いている。罠に掛けるつもりなら馬鹿にしている。だからといって、下り通路は簡単に選べない。一般的に地下迷宮は下にいけばいくほど、強い敵が出る。
悩ましいなとジャンは思案した。
「下に誘導したいがために、直線通路にこれ見よがしにコインを置いたのか。それとも、直線に進ませたいのから、目先の利益としてコインを置いたのか。どちらにしても、こちら馬鹿にしている」
ジャンは不快に思ったがマキアの考えは違った。
「コインは本当に誘導するために置いたんでしょうか? 穴の開いた袋でコインを運搬していたら一枚ずつ落ちた線はないですか?」
「穴の開いた袋に大量のコインが入っていたとする。なら、重みで穴は拡がっていく。ほぼ等間隔に一枚ずつなんて落ち方はしない。仮に落ちたとしても、コインが床に当たる音に気付かないならよほどの間抜けだ」
「穴の空いた木製や金属の容器ならコインが落ちても穴は拡がりません。また、運んでいた人の耳が悪かったら気付かないでしょう」
マキアの意見はこじつけか、屁理屈だ。コインのある通路にジャンを進ませたいマキアの動機がわからない。説得したいなら「下りるのは危険だ」と主張したほうが受け入れやすい。
「なんだ? 通路の上に謎のメッセージでもあるのか? この先に金庫有とでも書いてあるのか?」
「いいえ」とだけマキアは答えたが、マキアの瞳が一瞬だけ動揺したのをジャンは見逃さなかった。マキアはジャンに何かを隠した。




